フランスの都市・人口ランキングTOP10

フランスの都市人口ランキングです。


フランス共和国 : 人口6281万人

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1位 パリ 220万人

フランス最大の都市であり首都。もともとはセーヌ川の中洲シテ島にパリシイ族の集落「ルテティア」があった。その後ローマの支配下に入り、シテ島からセーヌ左岸にかけて市街地が広がった。ローマが衰退すると左岸の市街地は放棄され、シテ島のみを範囲とする城塞都市になり、このころから「パリ」と呼ばれるようになった。508年メロヴィング朝フランク王国の首都、987年フランス王国の首都。このころ王宮としてシテ宮が建築された。フィリップ2世時代にはパリを囲む城壁も築かれ、それがルーヴル宮殿に発展する。14世紀には人口20万人の欧州随一の都市となったが、15世紀の百年戦争の後パリは荒廃し、人口は10万人程度にまで減少した。その間パリ近郊のフォンテーヌブロー宮殿などが王の居城として発展する。16世紀のユグノー戦争でも再び荒廃したが1594年、ブルボン王朝アンリ4世の即位によりパリは名実ともにフランスの首都の座を回復した。「太陽王」ルイ14世は、1677年に居城をパリ郊外のヴェルサイユに移しフランス革命まで当地での治世は続いたが、その間パリは拡大し人口は60万人を超えた。その後ナポレオン1世がパリを新しいローマとすべく帝都と定め、都市を整備。産業革命到来もあり経済的、文化的にパリはさらに繁栄した。19世紀中頃にはセーヌ県知事オスマンによるパリ改造によって社会基盤の整備が行なわれ、現在に続くパリの都市景観が築かれた。また普仏戦争後の2ヶ月間、世界初の共産主義自治政府「パリ・コミューン」が成立したこともあった。19世紀末から万国博覧会が複数回開かれ、それに伴いエッフェル塔などが建設されるなど、パリは「ベル・エポック(良き時代)」を迎えた。第二次大戦中は一時ドイツ軍により占領されている。現在も年間外国人観光客数が世界一の観光都市である。


2位 マルセイユ 86万人

フランス南部に位置する同国最大の港湾都市。古代ギリシアの一民族であるポカイア人が紀元前600年頃に築いた植民市「マッサリア(マッシリア)」が端緒。都市は交易で栄え、紀元前3世紀から紀元前2世紀にかけてのポエニ戦争ではローマ側につきカルタゴと敵対した。ギリシア系住民が多くいたが、徐々にローマ化が進んでいく。10世紀にプロヴァンス伯が支配し、1481年にはフランス王国に併合。18世紀ごろから貿易で栄えるようになった。第二次大戦中にはドイツ軍に占領され大きな損害を受けたが、大戦後は復興のための大建設計画により高層ビルの多い現代都市に変わった。





3位 リヨン 51万人

フランスの南東部ローヌ川とその支流ソーヌ川との合流点に位置する。都市圏としてはフランス第二の規模。紀元前43年、ローマの植民都市として建設される。カロリング朝のもとに司教座がおかれ、何世紀もの間大司教に支配され続けた。神聖ローマ帝国による支配もあったが、14世紀初めフランス王国に併合され、このころから絹織物の交易の一大中心地として発展した。19世紀に人口が急増。現在ではフランスの金融センターとして、多くのフランスの銀行の本店が置かれる。国際刑事警察機構(インターポール、ICPO)の本部がある。


4位 トゥールーズ 47万人

フランス南部に位置する。紀元前2世紀、ローマの属州となり「トロサ」と呼ばれた。西ゴート王国に支配に下った後、508年にフランク王国に征服される。トゥールーズ伯の支配を経た後の1271年、フランス王国に組み込まれた。14世紀以降、交通の要衝として貿易により繁栄し、フランス王国第4の都市に成長する。第二次大戦後の工業分散化政策により、エアバス社が本社を構えるなど航空機工業の中心地として有名になった。


5位 ニース 34万人

フランスの南東部、イタリアにほど近い位置する地中海岸の風光明媚な観光都市。年間を通して穏やかな気候の避暑地である。紀元前5世紀頃ギリシャ人によって建設され、紀元前2世紀頃よりケルト系の住民が定住。その後ローマ人に占領され、ゲルマンやイスラム教徒の侵略も受ける。中世にはプロバンス伯領、近世にはイタリアのサヴォイア公国やスペインに帰属したこともあった。1860年にフランスに帰属。しかしこれに納得のいかないイタリアによる失地回復の目標にされ、第二次世界大戦においてもイタリア軍の進駐を受けた。戦後フランス領に復帰した。





6位 ナント 30万人

フランス北西部に位置する。最初にケルト人が定住し、カエサルに占領され「ポルトゥス・ナムネトゥス」と呼ばれた。サクソン人、フランク人、ブリトン人、ノルマン人の襲来を経験。ブリトン王国最後の王の孫がブルターニュ公国を建国し、一時イングランドの属国となるが、アンヌ・ド・ブルターニュがフランス国王シャルル8世と結婚し、ついでルイ12世の王妃となったことにより、1524年にフランスに併合された。16世紀、「ナントの勅令」によって、宗教戦争を終わらせた地としても有名である。18世紀、三角貿易で繁栄。第二次大戦中はナチスによって占領される。近年ではフランスで最も緑の多い都市、最も暮らしやすい都市などにも選ばれている。


7位 モンペリエ 27万人

南部に位置する都市。中世初期ごろから人口を増やし、スペインに続く「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の宿場町として栄えた。アラゴン王、マヨルカ王などの支配に下った後、1349年にフランス王国に併合。15世紀には隣接するラット港への貿易拠点として隆盛を極めた。16世紀、ユグノー戦争の戦乱の中プロテスタントが多数を占める。ナントの勅令によりつかの間の平和を享受したものの、ルイ13世の治世以降プロテスタントは衰え、カトリック勢力が支配的となる。フランス革命までの平穏な時期に、水道橋、凱旋門、コメディー広場などが建設された。19世紀にはワイン栽培や織物業などのブルジョワ文化が栄え、裁判所、駅などが整備され旧市街として今に残る。第二次世界大戦では5回にわたりアメリカ軍の爆撃を被った。





8位 ストラスブール 27万人

フランス北東部、ライン川最大の河川港を持つ。ストラスブール(シュトラースブルク)はドイツ語で「街道の街」を意味し、文字通り交通の要衝として栄えた。かつてはドイツの神聖ローマ帝国の地。宗教改革でははやくも1523年にプロテスタントをうけいれる。17世紀、フランス王ルイ14世のがこの地域に触手を伸ばし、三十年戦争でドイツ圏のエルザス=ロートリンゲン地方を獲得すると、1697年にフランス王国の領域に入り、「シュトラースブルク」からはフランス語風に「ストラスブール」と呼ばれるようになる。1871年、普仏戦争でプロイセンが勝利すると、ドイツ帝国領に復帰。しかし第一次大戦でフランスが勝利すると再びフランス領に復帰する。第二次大戦中に三たびドイツ領になるも、1944年に連合国が奪還し三たびフランス領に。第二次大戦後は「ヨーロッパの歴史を象徴する都市」として、欧州の主要な国際機関が置かれている。言語や文化の上ではドイツの影響が色濃く残り、ライン川対岸のドイツの都市ケールと、シェンゲン協定によってパスポートチェック無しで自由に行き来できる。


9位 ボルドー 24万人

フランス南西部、大西洋近く、ロンヌ川左岸に位置する港湾都市。世界的に有名なボルドー・ワインの産地である。紀元前1世紀にはローマに占領されて主要な交易港となり、4世紀、ローマ帝国の属州アクィタニア・セクンダの首都として繁栄。大円形劇場跡など当時の史跡も多い。5世紀ゴート人、8世紀はイスラム、10世紀にはヴァイキングの侵略を受ける。ボルドーのアキテーヌ女公エリアノールが後のイングランド王・ヘンリー2世と結婚したため、1154年からイギリス領に組み込まれる。1453年百年戦争終結後、フランスに復帰するも、自治を求めてフランスにしばらく抵抗した。普仏戦争時や第1次、第2次大戦中は政府が一時ボルドーに置かれることもあった。2007年にボルドーの市街区域1810ヘクタールが世界遺産に登録された。

CREA Traveller Spring 2018 どこか遠くへ行きたいときに 新しいパリ


10位 リール 23万人

フランス北部、ベルギーと国境を接する工業都市。有史時代は11世紀になってから。フランドル伯領、ブルゴーニュ公領、オーストリア領、スペイン領と変遷し、1667年、ネーデルラント継承戦争によってフランスに併合された。しかし1708年のスペイン継承戦争で同盟軍によって一時侵略される。19世紀に工業化が始まり、現在においても機械、鉄鋼、化学などが盛んである。





 
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