イタリアの都市・人口ランキングTOP10

イタリアの都市の人口ランキングを集計しました。


イタリア共和国 : 人口6059万

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1位 ローマ 287万人

 

イタリア中部に位置する同国の首都。人口も面積もイタリア最大。テヴェレ川左岸の旧市街と、3世紀に皇帝アウレリアヌスよって作られた市壁外の新市街に分かれる。また、当市に囲まれるようにローマ教皇の居住するバチカン市国があり、歴史・宗教・文化的にローマと深い関わりを持つ。紀元前9世紀ごろ、テヴェレ川河畔に北方の民族が定住。前7世紀頃には都市国家としての整備が進んだ。ローマ帝国の首都となり、皇帝アウグストゥスの時代には人口100万人を擁する世界最大の都市となった。1世紀、皇帝ネロが都市を整備し繁栄するも、5世紀に西ゴートや東ゴートの支配下に入り衰退した。6世紀、再び東ローマとなるが度重なる戦争で荒廃する。8世紀、東ローマから独立。15世紀以降ローマ教皇領の首都として栄え、ローマはルネサンス文化の中心地となった。18世紀には一時ナポレオンに占領されるも1871年にフランスから奪還されると、統一イタリア王国の首都となり現代に至る。ヨーロッパ随一の観光都市だが、公共サービスの停滞やインフラの老朽化が深刻化している。






2位 ミラノ 136万人

 

イタリアで最大の都市圏人口を擁する北部の都市。平原の真ん中「メディオラヌム」が語源だとも言われる。紀元前600年ケルト人の町として始まり、ローマ帝国のもとで繁栄。西ローマ帝国では首都。313年の「ミラノ勅令」によって宗教都市となった。自治都市になった後、12世紀ごろから栄える。13世紀、ヴィスコンティ家の支配下でミラノ公国となる。ミラノ大聖堂が作られ、ルネサンス時代はダ・ヴィンチが活躍するなど、隆盛の中心地となった。しかし、15世紀末にフランス、スイス、オーストリアの傀儡となった後、16世紀に公国は消滅した。スペイン、オーストリア、フランスの支配を経て19世紀イタリア王国に統一される。第二次大戦では英米軍の激しい爆撃に遭う。史跡の多い観光都市であり、またイタリア最大の商業都市。ファッション、デザインの発信地としても知られている。


3位 ナポリ 96万人

 

ナポリ湾に面した南イタリア最大の港湾工業都市。紀元前6世紀、古代ギリシア人によって建設される。ギリシア語で新しいポリス「ネアポリス」が語源だという説もある。ローマ、西ローマを経て東ローマの属州になり、7世紀ナポリ公国が作られる。12世紀ノルマン人が南下支配してノルマン・ドイツ系シチリア王国の一部となった。13世紀、動乱に乗じてシチリア王国から分離したナポリ王国が興り、14世紀にはルネッサンスの中心地の一つとなった。しかし16世紀からフランス、オーストリア、スペインの支配を受ける。ナポレオン支配の後19世紀、ナポリ王フェルディナンドが返り咲き、ナポリ王国とシチリア王国が合併して両シチリア王国が作られる。同国の首都となったが、1861年イタリア王国に統一されると一地方都市となった。「ナポリを見て死ね」と謳われるほどの風光明媚な都市で、「ナポリ歴史地区」は世界遺産である。ピザ発祥の地。


4位 トリノ 88万人

 

イタリア北西部の商工業都市。ローマ時代以前に住んでいた「タウリニー人」が都市名の語源。古代ローマの軍事植民都市として栄え、中世には東ゲルマン人のランゴバルド王国の一部となった。16世紀、フランスに支配されたが、18世紀には北イタリアの名門・サルジニア王国の首都として発展。イタリア王国統一後もフィレンツェに遷都されるまで1864年まで首都だった。第二次大戦では多大な被害を受けるも、戦後フィアットに代表される自動車産業の中心地として発展した。2006年には冬季オリンピックが開催された。イタリア王サボイア家の王宮は世界遺産に登録されている。


5位 パレルモ 66万人

 

イタリア南部、シチリア島西部の北岸の盆地に位置する同島最大の都市。前8世紀ごろフェニキア人が建設。その後地中海の中心に位置することから、カルタゴ、ローマ、西ローマ、東ローマなど異民族に多く占領され、10世紀にはイスラムに支配される。11世紀には南下してきたノルマン人のシチリア王国の首都して栄えるなどフランスとアラブが融合した独特の文化が芽生える。その後スペインなどの支配下にも入ったのちの19世紀、両シチリア王国を経てイタリア王国に併合される。第二次大戦では大きな被害を受けるもアラブ-ノルマン様式の建造物も多く残り、一連の王宮や教会は世界遺産に登録されている。







6位 ジェノヴァ 58万人

 

イタリアの北西部にあるリグリア海に面した港湾都市であり、イタリア最大の貿易港。背後に丘陵地が迫るリビエラ海岸が観光地として有名。リグリア人が建設。前5世紀には商港として栄え、ローマ時代は北部の中心都市となった。衰退後盛り返し、中世には「ジェノヴァ共和国」として海洋貿易で栄え、ベネチアと地中海貿易の覇権を競った。その後オスマン帝国の台頭により植民地を失うも、16世紀、ジェノバの金融業者はポルトガルやスペインへの投資に活路を見出し、新大陸や大西洋岸貿易で繁栄した。19世紀、一時フランスに占領されるもイタリア王国に統合される。赤の宮殿を始め、一連の貴族の邸宅などが世界遺産に登録されている。コロンブスの生地。


7位 ボローニャ 38万人

 

イタリア北部エトルリア人の都市で、前1世紀にはローマによって植民都市ボノニアとなった。アエミリア街道が建設されると交通の要衝となる。東ローマや教皇の支配に下り衰退するが、11世紀、自治都市として復興。反神聖ローマ帝国の「ロンバルディア同盟」に加わる。1088年、ヨーロッパ最古の大学・ボローニャ大学が創設された。12世紀からルネサンスにかけて商業学術の都として栄え、絵画のボローニャ派など多くの芸術家たちが活躍した。16世紀には再びローマ教皇領に。19世紀にはフランスやオーストリアに一時占領された後、イタリア王国に統一されるまで教皇領だった。第二次大戦時は米独対決の最前線となる。歴史的建築物や芸術品が多く、観光都市である。


8位 フィレンツェ 38万人

 

イタリア共和国中部にある歴史観光都市。街の名称の由来となった花卉(かき)の名産地。前59年にカエサルによって作られ、4世紀にはキリスト教の司教座が置かれる。9世紀から12世紀まで神聖ローマ帝国による支配に入り、絹・毛織物工業、金融業で繁栄した。12世紀に自治都市となり、13世紀には共和国となる。15世紀には金融業で富裕となったメディチ家の支配のもと、ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロらが活躍。ルネサンス文化が隆盛した。一時メディチ家を追い出すも復帰し、フィレンツェ共和国は崩壊。16世紀にはフィレンツェ共和国を引き継いだトスカナ大公国の首都となった。18世紀にメディチ家が断絶するとフィレンツェはロレーヌ公国に引き継がれ、ハプスブルク家による支配が続いた。ナポレオン占領の時期を経てイタリア王国に統一され、1865から71年まで(ローマに遷都されるまで)イタリア王国の首都だった。多くの歴史的建築物が残り、美術館も多い。「フィレンツェ歴史地区」は世界遺産に登録されている。


9位 バーリ 32万人

イタリア南部、アドリア海岸の港湾都市。アドリア海に面しており、十字軍の時代より東方への出港地として栄えた。もとはギリシャの植民地で、後にローマ化。9世紀から東ローマにより支配され、ビザンティン帝国の南イタリアにおける中心都市となった。11世紀、ノルマン人によって征服される。12世紀にはシチリア王国の統治下におかれ、19世紀イタリア王国に入る。第二次世界大戦中はイタリア海軍の主要な基地となったが、連合国軍に占領されたことによりドイツ軍の空襲にあう。サンタクロースのもととなった聖人ニコラオスゆかりの巡礼地である。






10位 カターニア 31万人

 

イタリア南部シチリア島、イオニア海に面した農業都市。シチリア島ではパレルモに次ぐ規模を誇る。紀元前8世紀古代ギリシャの植民都市から、紀元3世紀よりローマによる支配をへて、11世紀にノルマン人に奪取される。現在の街並みは17世紀のエトナ山の噴火とその後に襲った大地震による壊滅のあと、18世紀に再建されたものであり、規則正しい当時流行りのバロック風の街並みが広がる。「バル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々」が世界遺産に登録されている。





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