神奈川県の都市・人口ランキングTOP10

神奈川県の都市の人口ランキングです。


神奈川県 人口 : 918万人 (2019年)

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1位 横浜市 374万人

首都東京から南に約30kmに位置する、日本第二の人口を有する都市。東京のベッドタウンでもある。12世紀、南の鎌倉に鎌倉幕府が置かれたころから開発が始まり、幕府の海の玄関口となった。江戸時代には神奈川湊として栄える。当時は後の市名の由来ともなった、湾内に横に長く伸びた砂州上(現在の山下公園周辺)に人が住んでいるだけだった。1858年締結の日米修好通商条約により開港すると外資が多数流入し、急速に国際都市として発展。東京の外港として、西の神戸とともに海洋貿易の中心地となる。その過程で洋館が多く建てられ、国内有数の中華街も形成された。1889年市制移行。当時市域は横浜港周辺の5.4 km² にすぎなかったが、周辺自治体との合併や埋め立てにより、現在は437.38 km²と神奈川県最大面積を持つ自治体となった。関東大震災では壊滅的な被害に遭うも、政府の積極的な振興策により京浜工業地帯の中心地となる。第二次大戦後は1952年までアメリカ軍に横浜港が接収されるも、日本の復興とともに横浜港の取扱量は増え、現在は外貿コンテナ取扱個数日本2位、クルーズ船寄港数日本1位を誇る。






2位 川崎市 150万人

神奈川県東部、東京都と横浜市の間にある細長い市。12世紀、川崎大師が建立され門前町が形成される。江戸時代に入り、現川崎駅周辺の東海道・川崎宿も栄える。1872年、日本3番目の駅として川崎駅開業した。明治末期より東京湾岸の埋め立てが始まり、1912年に日本鋼管川崎製鉄所が作られ、それを契機に広大な京浜工業地帯が広がっていく。1924年の市制移行と同じ頃、東京横浜鉄道(現東急)など私鉄が続々開業した。1950年代より市西部を中心に宅地化ブームが起き、人口が急増。1960年代から1990年代にかけて、多摩田園都市、新百合ヶ丘などの多摩丘陵地区や武蔵小杉などでニュータウンが作られた。1972年に政令指定都市となり、始めは5区、現在は7区に分けられている。高度経済成長時代の京浜工業地帯の公害は酷く、川崎公害訴訟も起こされた。1997年、千葉県との間にアクアライン開通。現在も東京のベッドタウンとして人口は上昇を続けている。都道府県庁所在地ではない政令指定都市としては最大の人口を有する。


3位 相模原市 71万人 

西側は関東山地、東側は相模原台地に属し、北は東京都、西は山梨県に接する。神奈川県内では横浜市に次ぐ広さの市。17世より、原野の広がっていた相模原台地の新田開発が始まった。日中戦争前後より、陸軍士官学校をはじめとする陸軍施設が東京から移設されたことで軍都となり、橋本、上溝など中世からの集落に市街が形成されるようになった。軍事施設は戦後、アメリカ軍の施設に引き継がれた。1954年市制。1950年代より国道16号線沿いに工業地帯が形成され、東京のベッドタウンとして発展した。2003年中核市、2010年に政令指定都市に移行し、3区を置いている。


4位 藤沢市 43万人

神奈川県南部、太平洋に臨む湘南地域の中心都市。室町時代、遊行寺前に門前町が広がり、江戸時代にはそこに東海道の藤沢宿が置かれた。県北から三浦半島に至る道との交点でもあり、交通の要衝として栄えてきた。1887年、東海道本線が宿場町からやや南に離れた地点に敷かれたことにより、一時旧市街は衰退。しかし、1929年に南北を貫く小田急江ノ島線が開通すると、海に近い鵠沼、片瀬・江ノ島、辻堂海岸の保養地・宅地開発が進展し、多くの文化人が別荘を構えるようになった。現在も全国有数の観光地である。1940年市制。戦後は横浜・東京のベッドタウンとして発展。明治以降中心となったJR・小田急・江ノ電の藤沢駅周辺は一時空洞化減少で衰退したが、現在は再開発が進められている。


5位 横須賀市 40万人

神奈川県南東部、三浦半島の南東部を占める都市。東は東京湾、西は相模湾に面する。市は古くから人が住んでおり、縄文遺跡が多い。東京湾の入り口にあるため、江戸防衛の拠点として整備されてきた。1720年、伊豆・下田の奉行所が横須賀・浦賀に移され、江戸の海上防衛にあたった。1853年には浦賀にペリーが来航し、すぐ南の久里浜に上陸した。江戸末期、横須賀製鉄所(のち造船所と改称)が設立され、1884年には東海鎮守府が横浜から移され、陸軍・東京湾要塞司令部も作られた。このように開国後から第二次大戦にかけて横須賀は軍事都市となり、急速に発展。1907年には県内二番目に市制に移行した。第二次大戦後、軍事施設は米軍と自衛隊に引き継がれたが、市の面積における米軍接収地の比率がとても高く、それが市の発展の障害となっている。また標高は高くないものの山がちで平地が少なく、トンネルの多い交通が特徴である。東京のベッドタウンとして発展し、長らく県内人口4位の座を守っていたが、1990年代半ば以降人口が減少。現在では藤沢市に抜かれ5位に転落している。






6位 平塚市 25万人

相模湾に臨む湘南地域の都市。古くからの水田化が進んだ地域として知られる。江戸時代より東海道の宿場町として発展。1932年市制移行。第二次世界大戦中には、京浜工業地帯からの工場の疎開地として軍需産業が発展したが、終戦間際の1945年7月16日には平塚大空襲に遭遇している。その復興祭が発展した、平塚七夕まつりは現在平塚名物になっている。現在は横浜・東京のベッドタウンとして発展している。


7位 茅ヶ崎市 24万人

神奈川県の中央南部、湘南地域の市。西の平塚市、東の藤沢市に挟まれている。市の北部は相模原台地の南端で、台地上には縄文遺跡が多く残っている。平安時代には東海道も通じていた。江戸時代、南湖地区は東海道の宿場町として、柳島は港として栄えていた。19世紀末、東海道本線・茅ヶ崎駅が開設されると、南の海岸地域が別荘地として発展。戦時中は工場の疎開地となり、戦後は首都圏整備法による工業開発地域に指定され発展した。1898年開場の茅ヶ崎海水浴場(現在は同市に由来のあるサザンオールスターズにちなみ「サザンビーチちがさき」に改称)は、現在も海水浴客で賑わう。


8位 大和市 23万人

神奈川県中部に位置する南北に細長い市。東は横浜市、北は東京・町田市に接する。市名は「大きく和する」の意。1920年代から小田急江ノ島線が南北、相鉄本線が東西を横断。1970年代に北部の中央林間に東急田園都市線の終点駅ができるなど、小さな市域に8つの駅がある。戦国時代は小田原北条氏の支配下にあり、江戸時代は下鶴間が宿場町として栄えた。第二次大戦中に海軍工廠や航空隊が設置され、それらは戦後、米軍と自衛隊の厚木基地(隣の綾瀬市にもまたがる)となった。1959年に市制移行。


9位 厚木市 22万人

神奈川県中央部にある市。相模川を挟んで海老名市に接し、JR・小田急の厚木駅は海老名市にある。古くから相模川水運の港を持ち、木材の集散地として発達。地名も集木(あつめぎ)に由来するという説もある。1955年市制移行。1968年に東名高速のインターチェンジが完成してからは首都圏の主要な流通拠点となり、多くの工場や倉庫が建設された。それに伴い、1970年代に人口は2倍ほどに急増している。






10位 小田原市 19万人

神奈川県南西部の都市。市西部は箱根山の東斜面にあたる。室町時代に北条氏が小田原城を作り、城下町が形成された。江戸時代は小田原藩の城下町となり、東海道の宿場町としてにぎわった。19世紀末の東海道本線開通時、線路は箱根山の北側に迂回したため小田原市街は通過しなかったが、1934年に箱根山麓を貫く丹那トンネルが開通したことにより、本線の通過地となって小田原に駅がおかれた。1940年市制に移行。1964年には東海道新幹線の小田原駅も設置。その他小田急小田原線の終点、伊豆箱根鉄道、箱根登山鉄道の起点であり、箱根、伊豆半島への観光道路も通じている。バブル期には一時、東京のベッドタウン化したが、近年の都心回帰現象により、1990年代をピークに人口は減少傾向である。





(参考)次ページ : 11位から33位






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