福島県の都市・人口ランキングTOP10

福島県の都市の人口ランキングです。


福島県 人口 : 190万人 (2019年)


1位 いわき市 32万人

福島県浜通り南部に位置し、南で茨城県で接する市。東で太平洋に面し、60kmにわたる海岸線を持つ。宮城県仙台市に次ぐ、東北第二の人口を擁する都市である。福島県最大面積を誇る自治体だが市内は山がちで、それぞれの市街地は連続していない。古代は北部が岩城国造、南部が道奥菊多国造の領地で、中世は岩城氏の地だった。明治の廃藩置県で平県、磐前県を経て1876年に福島県に入っものの、歴史的に福島県の他地域よりも陸前浜街道を通じた茨城県との交流が多かった。1870年代より東京に最も近い炭鉱として常磐炭田の開発が始まった。首都圏への石炭の輸送は当初船運に頼っていたが、鉄道で運び出すために19世紀末、常磐線が水戸から延伸された。隣接する日立鉱山とともに、日本近代化のエネルギー源となったが、戦後石炭需要が急激に衰退。1962年に制定された「新産業都市」認定を受けるため、平市、勿来(なこそ)市、常磐市、磐城(いわき)市ほか14市町村が合併していわき市が誕生。当時は日本最大の面積を有する自治体であった(現在は国内15位)。ちなみにこの地域は歴史上、読みは「いわき」だが、漢字表記は「石城」、「岩城」、「磐城」「石城」と変遷し、また合併自治体の一つが「磐城市」であったため他の旧自治体に配慮し、妥協策として新自治体名はひらがな表記となった。1964年に新産業都市指定を受けると化学、電器工場などが立地するようになり、東北では仙台市に次ぐ二番目の工業製品出荷額を誇る工業都市へと転換。また1966年に「常磐ハワイアンセンター(現・スパリゾートハワイアンズ)」が開業し、炭鉱に変わる新たな産業の模索が続いた。他にも、かつての炭鉱内から引湯するいわき湯本温泉やアクアマリンふくしまなど、観光資源が多い。常磐炭田は1976年に全面閉山。2011年に起きた東日本大震災では、市内は津波や土砂災害で死者数400名を超える甚大な被害に遭い、市中心部から北20kmに位置する福島第一原子力発電所の事故により、市北部が屋内退避区域に指定された。現在、沿岸部で防潮堤建設が進み、防潮堤がサイクリングロードになるなど復興が進んでいる。





2位 郡山市 32万人

福島県中通り中部に位置する市。8世紀、石背国の郡衙(役所)が置かれた地で、地名もそれに由来する。中世は諸大名が割拠したが、江戸時代は二本松城(二本松市)に丹羽氏が入封し、この一帯を支配した。奥州街道の宿場町として栄え、郡山盆地を中心地として発展した。もともと降水量が少なく水利の悪い土地だったが、明治時代、西の猪苗代湖から安積(あさか)疏水を開削。新田開発が進み、日本有数の穀倉地帯となった。19世紀末には疎水を利用した水力発電所を建設。そのエネルギーを利用した工場が多く集まるようになり、戦前には軍需産業が栄えた。そのため第二次大戦中は米軍の標的となり、たびたび空襲に遭っている。1924年に市制に移行し、戦後は周辺自治体を併合して発展。1982年には東北新幹線が開業した。現在もいわき市についで県内二位の製造品出荷額を誇る工業都市である。


3位 福島市 27万人

福島県中通り北部に位置する県庁所在地。福島盆地の西半分を占め、北に信夫山(しのぶやま)を望む。鎌倉時代、現市街中心部南に大森城が築城され、戦国時代は伊達氏の居城となる。1591年に客将の木村吉清が居城を大森城から、(15世紀ごろに建造されていたとされる)杉妻(すぎのめ)城に移し、縁起を担いで杉妻城を「福島」城と改名。以降、当地は「福島」と呼ばれるようになり、福島城は政治の中心地となった。福島城址には現在も県庁などが置かれている。阿武隈川の水運、奥州街道や米沢街道などが交わる交通の要衝となり、江戸時代は福島藩本多家、堀田家、板倉家ら3万石の城下町として発展。福島藩は現・福島県内では会津藩に次ぐ石高を誇った。ちなみに市内は福島藩領のほか、幕領や二本松藩領などに分割統治されていた。明治以降は1876年に福島県県庁が、1899年には東北初の日本銀行の支店が設置される。養蚕業で栄え、大正期は製糸工場が進出。第二次大戦中は疎開してきた工場が多く作られ、戦後もそれが福島市の産業発展の基盤となった。1982年に福島駅に東北新幹線が開業。1992年には山形新幹線との乗換駅となる。2011年の東日本大震災では、市内は死者13人、住家全壊204棟・半壊3980棟の甚大な被害を受けた。


4位 会津若松市 11万人

福島県西部に位置し、東で猪苗代湖に面する市。1384年、戦国大名・蘆名(あしな)氏により会津盆地の中心に黒川城が築城され、町の歴史が始まる。奥州最大級の城下町として発展し、16世紀末には、蘆名氏を滅ぼした伊達氏が黒川城に入城。しかし翌年には豊臣秀吉の奥州仕置により蒲生氏郷(がもううじさと)が入城した。氏郷は「黒川」の名を、彼の出身地である現・滋賀県蒲生郡にある馬見岡綿向神社参道の「若松の森」に由来する「若松」に改めた。黒川城も若松城と改称され、七層の天守を持つ勇壮な城へと改築された。すぐに蒲生氏にお家騒動が起きたため上杉氏が転封し、江戸初期には会津藩120万石の城下町として栄えた。その後保科氏が入封し、幕末にはその系譜を引く松平容保が城主となった。会津松平家として幕府と密接に関わりのある容保は、明治維新で倒幕派と対立し会津戦争に発展。(会津藩が少年らによって組織した)白虎隊の飯盛山での自刃など悲劇も起きた。会津戦争により市街は焼失。明治期は若松県の県庁所在地になった後、1876年に福島県に入った。1899年に「若松市」として県内で最初に市政移行。1955年に福岡県若松市(現・北九州市若松区)との混同を避けるため「会津若松市」に改称した。明治に取り壊された若松城は1960年代に本丸と天守が復元され、内部は博物館となった。地元では若松城は古くより「鶴ヶ城」の名で親しまれている。


5位 須賀川(すかがわ)市 7万人

福島県中通り中部に位置する市。北で接する郡山市と市街が連続する、郡山市のベッドタウン。14世紀、二階堂氏が築城した須賀川城の城下町として栄えるも、1589年、伊達政宗に攻め落とされ、江戸初期に須賀川城は廃城となった。毎年11月に行われる日本三大火祭りの1つ「松明あかし」は、この戦で破れた二階堂氏の霊を弔うもの。江戸時代は奥州街道の宿場町、市場町として栄えた。第二次世界大戦時に工場が疎開し、戦後もそれが印刷、電気、製薬などの工業地帯に発展した。1993年、市南東部に福島空港(石川郡玉川村にまたがる)が開港した。


6位 白河市 6万人

福島県中通り南部に位置し、南で栃木県に接する市。市内は山がちで、白河の関は古代からみちのくの玄関口であった。中世は結城家の白河氏と小峰氏が分割統治し、それぞれ白川城と白河城を築いた。江戸時代は白河藩の丹羽氏が城下町を整備。その後藩主が度々変わったが、1783年に藩主となった、後の老中松平定信は、飢饉で財政難に瀕していた白河藩を立て直し、名君と謳われた。しかし明治維新期の戊辰戦争で町は荒廃した。1887年に東北本線が開通、1982年には東北新幹線が開業し、市内の新白河駅も停車駅となっている。





7位 伊達(だて)市 6万人

福島県中通り北部に位置し、北東で宮城県に接する市。2006年に伊達町ほか5町が合併して「伊達市」として市制移行。北海道にも同名市があり、広島県府中市と東京都府中市に続く、全国2例目の「同一市名」である。北海道伊達市は福島県伊達市に起源を持つ亘理伊達氏が入植した地であるなど縁があることから、同名市が併存することとなった。ちなみに江戸時代初期までは「伊達」は「いだて」、「いだち」などと読んでいた。古代大和朝廷の北限にあたり、信夫(しのぶ)国造が置かれた。平安時代は会津地方を支配した藤原氏を始祖とする信夫佐藤氏の本拠地となる。1189年、源頼朝の奥州征伐で信夫佐藤氏を破った功により、頼朝から伊達を与えられた中村氏が、地名にちなみ「伊達氏」を名乗ったことが奥州伊達氏の起源である。伊達氏はすぐに梁川(やながわ)城を築き、その後3世紀ほど伊達氏の居城となった。江戸初期に上杉氏米沢藩領となるも、上杉氏のお家騒動により天領や福島藩、柳川藩領になるなど統治者が転々とした。江戸時代を通じて養蚕業が発展し、その集散地としても発展したが、戦後は低迷。代わりに果物の生産が盛んになっている。福島市のベッドタウンである。


8位 南相馬市 6万人

福島県浜通り北部に位置し、太平洋に面する市。2006年、原町市ほか1市2町が合体し南相馬市が成立。「地域自治区制」を取ったため、住所は「原町区」のように区で表記される。南北朝時代、千葉にルーツを持つ相馬氏が下向し小高城(築城年不明)を居城とした。江戸時代は陸前浜街道の宿場町として栄える。明治の廃藩置県では中村県や磐城県など入った後、1876年成立の福島県に入った。1898年、日本鉄道常磐線が開通。国の重要無形民族文化財の相馬野馬追が毎年夏に行われ、多くの観光客を集めている。ちなみに1921年に作られ、1982年に解体された高さ200mの原町無線塔は、長らくアジアで最も高い建築物だった。2011年の東日本大震災では津波による甚大な被害に加え、約20km南に位置する福島第一原発事故の影響も受け、2016年まで市内は避難指示区域に指定されていた(帰還困難区域を除く)。同年には、原発事故により営業停止していた市の中心駅・JR常磐線原ノ町駅から市南部の小高駅間の路線も再開している。


9位 二本松市 5万人

福島県中通り北部に位置する市。福島市と郡山市の中間に位置し、市中心を阿武隈川が流れる。室町時代、奥州探題に任じられた畠山氏がこの地を「二本松」とし、二本松城を築城。しかし1586年、伊達政宗に攻め入られ、畠山氏を源流とする二本松氏は滅びた。豊臣秀吉の奥州仕置によって蒲生(がもう)氏が入城し、二本松城は会津城の支城となるも、その後も二本松城主は間断なく入れ替わった。江戸時代に丹羽氏が入城し二本松城が「霞ヶ城(かすみがじょう)」と呼ばれるようになると、明治期まで二本松は二本松藩の城下町、奥州街道の宿場町として栄えた。明治維新期の戊辰戦争で城は半壊し、明治の廃城令で廃城となっている。1873年には東北地方初の製糸工場が作られた。古くから福島を代表する酒所としても有名である。


10位 喜多方(きたかた)市 4万人

福島県北西部に位置し、北で山形県に接する市。古くからの会津地方の中心地・若松城(会津若松市)の北方に位置することから、「北方(きたかた)」と呼ばれていた。市場町、会津の米どころとして栄える。明治時代、周辺村落が合併し、「北方」から転じた「喜多方町」が成立。良質の米と水に恵まれているため醸造が盛んで、酒や味噌などの蔵が立ち並ぶ「蔵の街」として知られている。札幌、博多と並ぶ日本三大ラーメンの一つ、喜多方ラーメン発祥の地でもある。





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