イスラエルの都市・人口ランキングTOP10

イスラエルの都市の人口ランキングです。


イスラエル国 人口 : 941万人 (2021年推定)


1位 エルサレム 93万人

イスラエル東中部に位置する、イスラエルとパレスチナ・ヨルダン川西岸地区にまたがる都市。エルサレム東部の旧市街には、旧エルサレム宮殿の現存する外壁で、ユダヤ教の聖地である「嘆きの壁」、その宮殿内にイスラム統治時代の7世紀に作られた、ムハンマドが昇天したといわれるイスラム教第三の聖地「岩のドーム」、キリストの墓とされる「聖墳墓教会」など、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地が数多く残り、それらは世界遺産に登録されている。旧市街はパレスチナが領有権を主張しているが、1967年以降イスラエルが実効支配を続けている。紀元前40世紀ごろからこの地域は「カナン」と呼ばれ、紀元前30世紀からエジプトが支配。紀元前1000年ごろ成立したユダヤ教国であるヘブライ王国ダビデ王がエルサレムを王都と定め、子のソロモン王がエルサレム宮殿を建設した。ユダ王国に分裂後も300年ほどその都となったが、新バビロニア王国に支配されると前6世紀、「バビロン捕囚」によってユダヤ人はバビロンに連れ去られた。ペルシア統治時代にユダヤ人は戻ったが、その後もシリア、ローマに支配された。紀元30年ごろ、キリストがエルサレムで処刑されたと伝わる。ユダヤ人はローマの支配に抵抗するも、2世紀に再びエルサレムを追われディアスポラ(離散)した。ローマ皇帝として初めてキリスト教を信奉したコンスタンティヌス1世は、エルサレムをキリスト教の聖地に変えたが、7世紀にアラブに支配されると今度はイスラム教の聖地となった。アラブ時代、ユダヤ人は再び居住を許されていたが、11世紀、第一次十字軍によってキリスト教徒がエルサレムを奪回すると、ユダヤ人は三たびこの地を追われた。12世紀以降、イスラム教国(マムルーク朝、オスマン帝国)の支配に入り、ユダヤ人の居住も許されるなど三宗教共存に時代が続いたが、19世紀に入り欧州でユダヤ人国家建設を目ざす「シオニズム」が高まりを見せると、エルサレムへのユダヤ人の移住が急増。第一次世界大戦でイギリスがオスマン帝国を破り、1918年に「イギリス委任統治領パレスチナ」となるとエルサレムはその首都となり、市内のユダヤ人も勢力を徐々に拡大した。第二次大戦中、ユダヤ人を迫害するナチス・ドイツ打倒のため、エルサレムのユダヤ人もイギリスに協力していたが、戦後、イギリスがユダヤ国家樹立に積極的でないことに不満が高まり、エルサレムでも英国を標的としたテロ攻撃が起こった。1947年、統治の限界を悟ったイギリスは撤退し、国連によってアラブとユダヤの独立国家成立が決められた(「パレスチナ分割決議」)。エルサレムは国連の管理の下、独立した中立都市となることになっていたが、この分割協議がユダヤに有利になっていたことからアラブ側が反発し、戦前から燻っていた両者の亀裂は決定的となった。1948年に周辺国も巻き込んだ第一次中東戦争に発展し、これによりエルサレムは東部の旧市街がヨルダン領、西部の新市街がイスラエル領に分断されたが、1967年の第三次中東戦争のイスラエルの勝利により市東側もイスラエルに併合された。1980年にイスラエルはエルサレムを同国の永久首都と定めたが、国連はじめ国際社会はそれを認めず、テル・アビブが首都とみなされている。


2位 テル・アビブ 46万人

イスラエル地中海沿岸に位置する都市。正式名は「テル・アビブ・ヤフォ」。もともとは聖書に登場する紀元前2000年からあったと言われるヤフォという古都が起源。20世紀はじめ、ヤフォのユダヤ人がヤフォ北の砂丘海岸にテル・アビブを建設。世界中のユダヤ人が移住するようになりシオニズム運動、商工業の中心地となった。1949年にはヤフォからアラブ人が追放され、翌1950年にヤフォとテル・アビブが合併。現在の市名となった。イスラエル政府はエルサレムを首都としているが国際社会からは承認されておらず、多くの国はテル・アビブを事実上の首都とみなし、大使館を置いている。


3位 ハイファ 28万人

イスラエル北西部に位置する港湾都市。カルメル山が市街に迫るようにそびえ立つ。3000年以上前より人々が住み、その後、フェニキア、ペルシャ、ローマ、ビザンチン、アラブ、十字軍、オスマン帝国、イギリスなどに支配された。9世紀、アラブ王朝時代にエジプトとの貿易港として栄え、19世紀にイエス・キリストの再臨を信じるドイツ人が入植。またイランで興ったバハイ教もこの頃本拠をハイファに移し、その宗教施設群は世界遺産に登録されている。20世紀以降シオニズム運動の中心地となり、多くのユダヤ人の移住が進んだ。第一次中東戦争では激戦地となったが、イスラエル建国後もアラブ人が多く住んでいる地である。現在もイスラエルの主要港であり、海軍基地も所在する。


4位 リション・レジオン 25万人

テル・アビブの南に位置する、テル・アビブ首都圏(別名「グッシュ・ダン」)に属する都市。ロシアからのユダヤ移民によって1882年に設立された。ワイン製造や工業都市として知られ、設立当時150人だった村落は、イスラエル建国後に急成長した。


5位 ペタフ・ティクヴァ 24万人

イスラエル中央部に位置する内陸都市で、グッシュ・ダンに属する。1878年にヨーロッパから来た超正統派ユダヤ教徒によってコミュニティが作られた。シオニズム運動の熱心な支援者であったエドモンド・ベンジャミン・ロスチャイルド男爵による資金援助により町は発展。現在ではテル・アビブ近郊のハイテク産業都市として知られ、インテルやオラクル、IBMなどがイスラエル本部を構えている。


6位 アシュドド 22万人

イスラエル南西部に位置し、地中海を望む都市。紀元前13世紀ごろに定住していたとされるペリシテ人(「パレスチナ」は「ペリシテ人の土地」の意)の作った5都の一つである。ローマに支配されていた際は「アゾトス」と呼ばれていたが、その後は廃れた少村であった。イスラエル建国後、古代都市の廃墟から7km離れた沿岸部に町が再建され、港湾を整備。現在では国内随一の工業都市となった。


7位 ネタニヤ 22万人

イスラエル中西部、ハイファとテル・アビブの中間に位置する、地中海沿岸の都市。 都市名は、ニューヨークのメイシーズ百貨店を所有していたユダヤ系アメリカ人実業家で、熱心なシオニストであったネイサン・ストラウスの名にちなむ。1929年にユダヤ人の入植が開始され、人々は果樹園経営で生計を立てた。当時から避暑地としても有名で、英米からの移住者も多い。


8位 ベエル・シェバ 20万人

イスラエル中南部に位置する内陸都市。旧約聖書ではユダヤ人の父アブラハムとその子イサクが、ペリシテ人の王アビメレク親子と遭遇した地として知られ、地名の「ベール」は泉、「シェバ」は誓約などの意であると言われる。また旧約聖書の第七書『土師記』では、パレスチナの南限の地として言及されている。ビザンティン時代には砂漠の遊牧民に対する要塞として重要な地であった。イスラエル建国後にユダヤ移民が急増し、都市が発展。現在ではイスラエル中南部の行政中心地である。現市街地近郊のテル・ベエル・シェバは「聖書ゆかりの遺丘群」として、メギド、ハゾルにある遺丘(テル)などとともに世界遺産に登録されている。


9位 ブネイ・ブラク 20万人

テル・アビブの東に位置する都市。1920年代にヨーロッパから移住してきたユダヤ人によって作られた町である。イスラエルで最も貧しい地区の一つとして知られ、また世界有数の人口密集地帯でもある。超正統派ユダヤ教の中心地であり、住民の多くが厳格な宗教生活を送っている。


10位 ホロン 19万人

イスラエル中西部、テル・アビブの南東に位置する内陸都市。テル・アビブ都市圏に属する。テル・アビブ近郊の砂丘であったこの地に1935年、ヨーロッパからのユダヤ人移民によって町が設立された。イスラエル建国後、テル・アビブのベッドタウンとして急速に発展している。


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