宮崎県の都市・人口ランキングTOP10

宮崎県の都市の人口ランキングです。


宮崎県 人口 : 110万人 (2019年)


1位 宮崎市 40万人

宮崎県中部に位置する、同県の県庁所在地。町の中心を大淀川が流れる。16世紀、太田七郎左衛門忠延が大淀川南側に町を開き、大坂、江戸との貿易で賑わう。しかし中心部を除きほとんどの地域が農村地帯で、本格的に発展するのは明治に入ってからであった。初期の廃藩置県では大淀川を境に北の美々津県、南の都城県に分かれる。1873年に両県が合併し旧・宮崎県が誕生したため中心地にあたる宮崎郡上別府村(現・宮崎市域)が県庁所在地となるも、1876年に宮崎県が鹿児島県に合併されると上別府村は鹿児島県の支庁となった。しかし1883年に新・宮崎県が分離独立を達成し上別府村に再び県庁が移されると、町の発展が始まった。1889年の編成により宮崎町が誕生し、1924年に市制に移行。第二次大戦では空襲を受けたが、宮崎県随一の商業都市として、戦後より2010年まで一貫して人口が増え続けた。1993年に世界最大級の室内プールを持つ宮崎シーガイア(現・フェニックス・シーガイア・リゾート)がオープン。市南東部海岸付近にある周囲860mの小島・青島ほか観光地も多い。


2位 都城市 16万人

宮崎県南西部に位置し、南で鹿児島県に接する市。平安時代、荘園・島津荘として開発された地で、薩摩藩を支配した島津氏発祥の地である。現市域はもともと「都島(みやこじま)」と呼ばれていたが、中世に島津氏の支族・北郷氏が城(都之城)を作るにあたり、「都城」と改名した。13世紀、島津氏の中心地が鹿児島に移った後も都城は長らく薩摩藩島津氏に配下にあり、薩摩藩特有の外城(とじょう)制度により、武士は領内に散らばって居住した。薩摩との強い歴史的な結びつきにより、現在も方言(諸県弁)などに薩摩文化が残る。明治の廃藩置県では1年ほど都城県の県庁所在地となる。1909年に陸軍連帯が置かれると速やかに鉄道が整備された。2006年には旧・都城市ほか4町が合併して、新・都城市が誕生した。


3位 延岡市 12万人

宮崎県北部に位置し、北で大分県に接する市。古代より「英多」、「縣」(読みはどちらも「あがた」)と呼ばれていた。中世より土持(つちもち)氏が支配したが、1578年に大友宗麟に滅ぼされた後は、領主が短期間で度々入れ替わった。豊臣秀吉の九州征伐により入封した高橋氏が江戸時代に縣城を作り、日向縣藩5万石の城下町として発展。のちに城の名を「延岡」城に改めたことに伴い、地名も「延岡」に改称された。1923年に日本窒素肥料(現・旭化成)の工場が作られると関連工場が次々に建設され、延岡は旭化成の企業城下町となった。しかし産業構造の変化や旭化成の企業戦略の変化になどにより産業は縮小し、人口も1980年をピークに減少を続けている。


4位 日向(ひゅうが)市 6万人

宮崎県北東部に位置する市。市域は山がちで、沿岸部に市街地が集まる。美々津は神武天皇が東征の際に船出をした港として伝わる。中世以降中国大陸との貿易で栄え、伊東氏、島津氏が支配。江戸時代は地域のほとんどが天領となり、日田(ひた)代官の支配下に置かれた。廃藩置県では日田県、美々津県を経て宮崎県に組み込まれる。戦後は沿岸部に工業団地が形成された。


5位 日南市 5万人

宮崎県南部に位置し、日向灘を望む市。戦国時代に土持氏が飫肥(おび)城を築城。城は薩摩から勢力を拡大した島津氏と日向の伊東氏の格好の標的となった。江戸時代はこの一帯を得た伊東氏飫肥藩5万1000石の城下町として栄え、当時の景観を残す武家屋敷群が今も残る。現在はカツオ、マグロなどの遠洋漁業の基地であり、特にカツオの一本釣り漁による水揚げ量は日本一である。


6位 小林市 4万人

宮崎県南西部に位置し、北東で熊本県、南西で鹿児島県と接する市。市南西部は霧島連山の1000m級の山々が連なる。古くは辺境守備を担う夷守(ひなもり)の地で、平安時代に三ツ山城が作られた。中世以後、日下部氏のち北原氏200年の支配を経て、室町時代に伊東氏に支配される。江戸時代は島津氏の領地となり、大規模な開田が行われ穀倉地帯となった。明治の廃藩置県では鹿児島県に属した後すぐに都城県に移る。都城県が廃止されると新設の旧・宮崎県に編入されるも、宮崎県が廃止されると再び鹿児島県に移された。県庁が遠いため1880年に分県運動が起き、1883年に再度新設された現・宮崎県に組み入れられた。霧島観光の宮崎側の起点である。


7位 西都市 3万人

宮崎県中部に位置する内陸市で、市域は山がちである。全国でも最大規模の古墳密集地帯で、その数は500に及ぶ。古代より日向国の中心地で、国府、国分寺、国分尼寺が置かれた。室町時代、伊東氏によって都於郡(とのこおり)城が作られたが、1577年、島津氏が侵略しその居城となった。江戸時代、現市域は天領などに分割統治される。現在ではピーマン生産量日本一になるなど、農林畜産業が中心産業である。


8位 北諸県(きたもろかた)郡三股(みまた)町 2万人

宮崎県南西部に位置する市。古代駅制の水俣(みまた)駅があった地。大荘園だった島津荘の三股院に地にあたる。江戸時代は薩摩藩領と都城支藩領とに分割統治された。1970年代以降、隣接する都城市のベッドタウンとして人口は増加傾向が続いている。2000年代に都城市に隣接する三股町含む北諸県郡5町と都城市との合併話が持ち上がったが、地域としての独立性を保ちたい三股町は合併協議から脱退。残りの4町と都城市は2006年に合併し、新・都城市が誕生した。


9位 児湯(こゆ)郡高鍋町 2万人

宮崎県中部に位置し、日向灘を望む町。古墳総数80を擁する持田古墳群が広がる。古くは「財部(たからべ)」と称し、荘園新納院(にいろのいん)の地だった。土持氏、伊東氏、島津氏の配下を経て、江戸時代に高鍋藩秋月氏3万石の城下町となったのを機に、地名も「高鍋」に改めた。1778年に7代藩主・秋月種茂が藩校明倫堂を開設。士族の子弟のみならず、一般庶民の子も入学が許された画期的な学校で、中国の経書や、国学、洋学、医学なども教えられた。現在も町内には武家屋敷が残る。


10位 えびの市 1万人

宮崎県南西部に位置し、北西で熊本県、南西で鹿児島県に接する市。藤原氏、日下部氏、北原氏の配下を経て、江戸時代は島津氏が支配した。主産業は米作で、えびので採れる米は良質なものとして知られる。京町温泉や吉田温泉などの観光地も所在する。


(参考) 次ページ 11位から26位


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