オランダの都市・人口ランキングTOP10

オランダの都市の人口ランキングです。


オランダ 人口 : 1730万人 (2019年)

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1位 アムステルダム 87万人

オランダ北西部に位置する、同国の憲法上の首都。北海からアイセル湖に入った湾の最奥部に位置する。首都ではあるが、王宮や国会、中央官庁、各国大使館など実質の首都機能はほとんどハーグにある。もともと現・アイセル湖は海に繋がっておらず、アムステルダムは湖畔の小さな漁村だったが、12世紀の大洪水によって湖と海の間の陸地が水没し、湖は大きな湾(旧ゾイデル海。現在はダムがで海と区切られ淡水化したのでアイセイ湖)となった。一躍アムステルダムはゾイデル湾の奥にある町として注目され、13世紀に自由都市として都市権を獲得すると、ハンザ同盟との貿易で発展した。ちなみに「アムステル」には「流れ出す場所」という意味があり、市名は「アムステル川の堤防(ダム)」という意味である。16世紀から17世紀の欧州の宗教戦争の際には、自由を重視する貿易都市として、宗教迫害から逃れてきたユダヤ人やユグノーなどを受け入れた。特に当時、欧州の貿易の中心だったアントワープからプロテスタントを受け入れたことが、アントワープが持っていた世界中の貿易権益を手に入れることに繋がる。そのことは17世紀にアムステルダムが世界の商業の中心となる礎となった。現在も自由都市としての気風を残しており、人口の3割強は移民である。市街はダム広場を中心に放射線状に広がり、無数の運河が張り巡らされている。






2位 ロッテルダム 65万人

オランダ南西部に位置する内陸都市。13世紀、ロッテ川河口に作られた堤防によって干拓された土地に入植した集落が町の始まり。14世紀に自治都市となり、16世紀頃、宗教戦争で近隣のアントワープが衰えたのを機に発展。19世紀に大西洋側に通じる水路が完成すると経済はさらに成長した。第二次大戦ではナチス・ドイツの空襲を受け町は壊滅的被害を受けたが、戦後急速に復興。1965年にはニューヨークを抜いて、(2003年に上海に抜かれるまで)世界最大の貿易港となった。戦後復興の過程で斬新な建築物が多く作られ、またライバーン商店街は歩行者天国発祥の地と言われるなど、進取の精神を持った都市である。


3位 ハーグ 54万人

オランダ西部、北海に面する都市。憲法上の首都はアムステルダムだが、王宮や国会、行政機関などはハーグにあり、オランダの事実上の首都である。正式名称は「伯爵の領地」を意味する「ス・フラーフェンハーヘ」であり、それを省略した「デン・ハーグ」と呼ばれることもある。13世紀、ホラント伯フロリス4世が狩猟場として当地に城館を構えたのが都市の始まり。ブルゴーニュ公国時代にネーデルラントの首府となると、16世紀に成立したオランダ共和国でも議会の所在地となった。1899年と1907年に国際平和会議が開かれ、国際司法裁判所をはじめいくつもの国際機関があるなど「世界の平和と司法の首都」とも言われる。


4位 ユトレヒト 35万人

オランダ中部に位置する都市。都市名は「下流の渡渉場」という意味である。1世紀に建設されたローマの要塞を始まりとするオランダを代表する古都。7世紀に司教座が置かれ、以来オランダ・カトリックの中心地である。12世紀に都市として成立し、商業都市として全盛期を迎えた。16世紀、当地で後のオランダ独立に繋がったユトレヒト同盟が結ばれ、18世紀のスペイン継承戦争の講和条約であるユトレヒト条約が結ばれた地ともなった。オランダ中央部に位置するため、交通の結節点ともなっている。


5位 フローニンゲン 23万人

オランダ北東部に位置する内陸都市。11世紀ごろユトレヒト司教領に入り宗教都市となったが、13世紀にはハンザ同盟の都市となり、商業都市として発展した。16世紀に始まったスペインからのオランダ独立戦争(80年戦争)ではスペイン・ハプスブルグ家側に着いたが、最終的にはオランダに取り込まれた。第二次大戦中の「フローニンゲンの戦い」では中心部が破壊されている。土地が平坦で、農牧が主力産業である。






6位 アイントホーフェン 23万人

オランダ南部に位置する内陸都市。13世紀に都市権を獲得。16世紀には大火に遭い、市域の4分の3が消失した。16世紀に始まったオランダ独立戦争中は何度もスペイン側に寝返り、その後も17世紀までアイントホーフェンはオランダ共和国には加わらなかった。19世紀ごろまでは小さな町であったが、19世紀末に電機メーカーのフィリップスが操業すると大きく発展した。戦時中は大きな被害を受ける。オランダのみならずベルギーやドイツに近い交通の要衝であり、現在もフィリップス社を中心とした工業都市である。


7位 アルメレ 20万人

オランダ中部、湖を挟んでアムステルダムに相対する都市。1968年に干拓されたフレヴォラント南干拓地の西部に位置する。当初アムステルダムに近いこの一帯は農地にする予定だったが、アムステルダムの人口急増に対応するため、住宅地として整備することになった。最初の住宅地が完成したのは1976年で、1984年には基礎自治体(ヘメーンテ)に昇格した。街は急速に発展し、2030年には人口35万人まで増加する計画である。


8位 ティルブルフ 19万人

オランダ南部に位置する内陸都市。かつてこの地に「ティルブルフ城」があったことがわかっているが、19世紀ごろ工場建設のため取り壊されている。都市権を得たのは19世紀初頭。紡績業が盛んで、19世紀後半に発展が始まる。戦後も羊毛の中心地として栄えていたが、1980年代ごろには斜陽産業となってしまった。現在はベルギーに近い地の利を活かし、輸送流通産業が盛んな工業都市である。


9位 ブレダ 18万人

オランダ南部に位置する都市。アー川とマルク川が合流する地点にあり、古くから水運が発達していた。13世紀に都市権を得て、15世紀ごろには要塞化。16世紀に始まったオランダ独立戦争の際はスペインとの間で争奪戦が繰り返され、1625年にスペインに降伏した際の様子は、ベラスケスの名画『ブレダ開城』に描かれている。主要産業は運輸流通と食品加工業であり、メントスやフリスクで知らるペルフェティ・ファン・メレ社の本拠地でもある。






10位 ナイメーヘン 17万人

ドイツ国境の近くに位置するオランダ東部の都市。ローマ時代から歴史を持つオランダ屈指の古都で、皇帝トラヤヌスが名付けた地名が当市の由来である。ファルクホフ公園は8世紀、カロリング朝カール大帝の王宮の跡地である。13世紀に都市権を得、すぐにハンザ同盟に加盟した。17世紀、仏蘭戦争後の「ナイメーヘンの和約」が結ばれた地である。第二次大戦で市街は壊滅的な被害を受けたが、市庁舎や大聖堂などは復元されている。






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