マレーシアの都市・人口ランキングTOP10

マレーシアの都市の人口ランキングです。


マレーシア 人口 : 3178万人 (2017年)

参考 : 世界の都市人口ランキングBEST100 / 世界都市圏別・人口密度ランキングBEST25アメリカの都市・人口ランキングTOP25中国の都市・人口ランキングTOP50 / イギリスの都市・人口ランキングTOP10 / タイの都市・人口ランキングTOP10ベトナムの都市・人口ランキングTOP10 / インドの都市・人口ランキングTOP15フランスの都市・人口ランキングTOP10ドイツの都市・人口ランキングTOP10 / トルコの都市・人口ランキングTOP10ブラジルの都市・人口ランキングTOP10アラブ首長国連邦(UAE)の都市・人口ランキングTOP10


1位 クアラルンプール  130万人

マレー半島中西部に位置する内陸都市であり、マレーシアの首都。1857年、中国人がスズ採鉱のためにクラン川とゴンバク川の合流点、現在のジャメ・モスク近辺に集落を作ったのが始まり。都市名も「泥川の交わる所」を意味する。1873年からイギリスに支配され、「マレー連合州」の首都となる。第二次大戦中は一時日本に支配される。1957年、イギリスから独立後成立したマラヤ連邦でも首都となり、マレーシア連邦成立後の今日まで首都。政府機能が市内の散在し、また市内の渋滞がひどいことなどから、1990年代よりクアラルンプールの南20kmほどのプトラジャヤに首都機能の一部移転が漸次行われた。首都機能の一部移転が完了しても議会はクアラルンプールに残り、首都としての地位もそのままである。






2位 ジョホールバル 64万人

マレー半島南端の都市、海峡を挟んでシンガポールに接する都市。もともと小さな漁村だったが、19世紀半ば、同地を支配したスルタンによって建設された。マレーシア全土がイギリスの植民地になった後も、20世紀初めまでイギリスの保護の下、王室は維持された。戦時中は日本に支配され、日本軍のシンガポール進出の拠点となる。戦後、独立マラヤ連邦に参画したが、マレー人主義が先鋭化し、マレー人と華人との対立が激しくなった。1960年代のマレーシア成立後、マレー人主義に反発する、他民族主義を掲げる隣のシンガポールがマレーシアから独立。その後、シンガポールが目覚ましい発展を遂げたことにより、ジョホールバルもにわかに発展。1994年には市に昇格した。近年ではシンガポールとの関係がより密接になり、シンガポール企業も交えた様々な再開発計画が持ち上がっている。


3位 クラン 62万人

クアラルンプールの南西40kmに位置する、マラッカ海峡に面する港湾都市。スルタンが居住する王都として知られ、1880年にクアラルンプールに移るまで、セランゴール州の州都であった。19世紀後半、クアラルンプールとの間に鉄道が開通。1972年まで「ポート・スウェッテナム」と呼ばれ、クアラルンプールの外港として発展した。英領時代、一時、ペナンとシンガポールに主要港の座を奪われて衰退したが、マレーシア建国後はクアラルンプールの発展に伴い復活。現在では同国1位の貨物取扱いを誇る港である。クアラルンプールからクランを結ぶ一帯はマレーシアでも最も工業が盛んで、人口密度も高い地域である。


4位 イポー 53万人

マレー半島西部に位置する都市。当地に生息するイポーの木が市名の由来。錫の鉱山があり、19世紀、中国から客家人が錫を求めて多く渡ってきたことが都市の発展の始まり。現在でも中華系住民が人口の7割を占める。20世紀に宗主国・英国が鉱山会社を設立すると、一時植民地マレーシア第二の都市にまで発展した。1950年代には、香港やシンガポールの映画会社も進出。しかし、1970年代の鉱山の閉山により、経済は停滞している。イポー駅や博物館など、コロニアル様式の建物が多い。


5位 アンパン・ジャヤ 47万人

クアラルンプールの東近郊に位置する都市。一般的にはマレー語で火を意味する「アンパン」の名で通っている。もともとは19世紀半ば、錫の鉱山採掘のため、現地のスルタンが87人の中国人鉱夫を連れてきたことが都市の始まり。クラン谷地域で最も早く開発された地区であり、ここから近隣のクアラルンプールの発展につながっていった。英国植民地時代の1950年代にも多くの中国人が入植した。1970年代までクアラルンプールの一部であったが、1974年に単独の自治体として独立。






6位 スバン・ジャヤ 44万人

クアラルンプール南西に位置する、クアラルンプールの衛星都市。1970年代半ばまで一帯はゴム農園だった。1976年から開発が始まり、1997年に自治体に昇格。学校が多く、現在では文教都市として知られる。日系企業の工場が多く所在するなど日本人が多く住んでおり、日本人学校もある。またイオンをはじめ、ショッピングモールが集まっている。


7位 プタリン・ジャヤ 43万人

マレー半島西、クアラルンプール西に接するクアラルンプールの衛星都市。もともとこの一帯はクアラルンプールに属するゴム園だったが、イギリス植民地時代の1950年代、首都クアラルンプールの人口爆発とそれに伴うスラム化に対処するため、都市建設が計画された。1974年にクアラルンプールから分離。2006年に市に昇格した。


8位 クチン 42万人

ボルネオ島北西部に位置する都市。同国のボルネオ島の都市では最大規模を誇る。古くから南海交通の要地であり、15世紀からブルネイ王に支配されていた。1841年、不安定化していた当地を平定した見返りとして、英国人のジェームズ・ブルックがブルネイのスルタンから藩王の称号を受け、サラワク王国を建国。ブルックが王となりクチンを首都として定め、多くのコロニアル様式の建築が作られた。以後3代にわたりサラワク王国は英国人の「白人王」によって統治されたが、第二次大戦時、日本軍が侵攻。日本軍撤退後、三代目の国王が王位を辞退したため、英国植民地となった。1963年、のちのマレーシアであるマラヤ連邦に合併したが、現在でもクチンが州都であるサラワク州は高度な自治権を有する。1988年に市制移行。


9位 シャー・アラム 31万人

クアラルンプールの南西約25キロメートルに位置する都市。もともとはゴム園だったが、クアラルンプールとその外港であるクランとの間に位置するという良好な立地条件から、1963年に計画都市として建設が始まった。1968年の現在の都市名に改称。現在ではクアラルンプール近郊の工業地帯として発展し、人口は増加を続けている。世界最大級のモスクである「ブルーモスク」が有名。






10位 コタキナバル 30万人

ボルネオ島北部に位置する、同国のボルネオ島第二の都市。19世紀まではマレー語で火を意味する「アピアピ」と呼ばれる小さな集落だった。19世紀末、イギリス北ボルネオ会社が港を建設し、会社の副会長の名前にちなみ「ジェスルトン」と改称。英領北ボルネオの中心地となった。第二次大戦時は日本とオーストラリアの激戦地となり、抗日運動も発生。戦争で街は瓦礫と化したが、1957年に英領北ボルネオの首府が当地に移されると再興した。1963年にイギリスから独立すると「サバ」と改称し、1967年には近くにそびえるキナバル山にちなんで「コタキナバル」に市名を変えた。周辺はキナバル公園をはじめ自然が豊かで、ビーチリゾートとしても有名。






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