富山県の都市・人口ランキングTOP10

富山県の都市の人口ランキングです。


富山県 人口 : 104万人 (2021年)


1位 富山市 41万人

富山県の中央部、富山湾に面し、南で岐阜県、東で長野県と接する市で、同県の県庁所在地。2005年、旧・富山市と4町2村が合併し、新・富山市が誕生した。これにより、富山市は富山県の約3割の面積を占めることとなった。長らく「藤井村」と呼ばれる小村だったが、1532年、水越勝重が富山城を築城したと伝わる。1579年、織田信長に転封を命じられた佐々成政が城を改築。しかし本能寺の変の後、成政は豊臣秀吉と敵対したため富山城を追われ、替わりに城は加賀藩藩主・前田利長の隠居城となった。1609年に城は焼失するも、利長の孫・利次が現・富山市を含むあたり一帯を分封され、富山藩10万石が成立。利次は城下町を整備し、二代目藩主・正甫(まさとし)は製薬を興こして「越中富山の薬売」を藩の主産業とした。また江戸時代は北前船の停泊地としても栄える。明治維新後の1883年、石川県から分離独立して成立した富山県の県庁所在地となったが、第二次大戦末期の空襲で市街のほとんどを焼失。戦後、焼け野原から工業都市として復興を遂げた。2015年に北陸新幹線が金沢まで延伸し、富山駅が新幹線停車駅となる。2014年、米・ロックフェラー財団による「100のレジリエント・シティ」の一つに選定されるなど、コンパクトシティ戦略による先進的なまちづくりが近年注目を集めている。


2位 高岡市 16万人

富山県北西部に位置し、富山湾に面する市。古くから中心地で、越中国の国府が置かれていた。国司として赴任していた歌人・大伴家持がこの地で多くの歌を残している。加賀藩初代藩主・前田利家は富山城に隠居していたが、富山城が焼失したため高岡城に移住。その後一国一城令により高岡城は廃城となったが、二代目利常が町の商工業化を推し進め、銅器や漆器などを多く産出するようになった。明治時代には市制に移行した全国最初の都市の一つとなる。戦後は江戸時代より続く鋳物製造の技術を生かした、アルミニウムの加工生産で全国一を誇るようになった。高岡御車山祭の御車山行事は「山・鉾・屋台行事」の一つとしてユネスコの世界無形遺産に登録されている。


3位 射水(いみず)市 9万人

富山県北西部に位置し、富山湾に臨む市。2005年、新湊市と3町1村が合併して射水市が成立した。鎌倉時代、越中国の守護所が置かれ、江戸時代は北陸道の宿場町、廻船の拠点として賑わった。大正時代より工場が集まるようになり、1968年に新富山港が開港。アルミニウムコンビナートを形作っている。


4位 南砺(なんと)市 4万人

富山県南西端に位置し、西で石川県、南で岐阜県に接する市。石川県や岐阜県との境には医王山(いおうぜん)や金剛堂山など多くの山々が聳える。2004年、4町4村が合併して南砺市が成立した。719年、白山信仰の開祖である泰澄が医王山に登り、722年、泰澄がこの山の薬草を大病を患った元正天皇に送ったところ、病が治癒。「医王山」の名は、このことにちなみ、元正天皇が名付けたとされる。加賀藩領だった江戸時代は、絹織物を生産し公益する市場町として発展した。絹生産が盛んな文化は今も残り、南砺市の特産の一つである。江戸時代、五箇山(ごかやま)地区は加賀藩の流刑地となり、今も残る合掌造りの集落群は、岐阜県・白川郷とともに「白川郷・五箇山の合掌造り集落」としてユネスコの世界文化遺産に登録されている。また、城端神明宮祭の曳山行事も「山・鉾・屋台行事」としてユネスコ無形文化遺産に登録されている。


5位 砺波(となみ)市 4万人

富山県西部に位置する内陸市。 2004年、旧・砺波市と庄川町と合体し、新・砺波市が誕生した。古くから農作が行われ、江戸時代に作られた中心地・出町は市場町として栄え、郡の奉行所が置かれるなど砺波地方の中心地となった。市域の3分の2が水田で、田園地帯に住居が散在する美しい風景が有名。大正時代より米農家の裏作として始まったチューリップの生産が盛んで、毎年5月には「となみチューチップフェア」が開催される。


6位 氷見(ひみ)市 4万人

富山県北西部に位置し、富山湾に面する市。古代、蝦夷防備の地で、「狼煙を監視する」から「火見」となったとする説や、立山連峰の雪が見えることから「氷見」となったとする説など、地名の由来には諸説ある。市内には農耕に適した平地が少なく、古くから漁港として栄えた。近年では電気機器工場の立地するが、1980年代より人口減少が続いている。縄文時代の大境洞窟住居跡や朝日貝塚が、国の史跡に指定されている。


7位 魚津市 4万人

富山県北東部に位置し、富山湾を望む市。古くから「小津(おづ)」と呼ばれた漁業の町で、南北朝時代に椎名氏の本拠地・松倉城の支城として魚津城が築かれた。のち交通の便に劣る松倉城は衰え、魚津城が地域の中心地となった。明治の廃藩置県では一時、「新川(にいかわ)県」の県庁所在地となる。1918年に起きた米騒動の発端の地でもある。戦後の1956年には、町の大部分を大火で失う大災難に遭遇している。毎年8月、豊漁と航海安全を祈願して行なわれる「魚津のタテモン行事」は「山・鉾・屋台行事」として、ユネスコの世界無形遺産に登録されている。蜃気楼の名所としても知られている。


8位 黒部市 4万人

富山県北東部に位置し、富山湾を望み、東で長野県に接する市。黒部市から南東に約40kmの黒部川上流の中新川郡立山町に黒部ダムがある。市内の大半は山岳地帯に属し、雨や雪が多い。中心地の三日市は、北陸道の下街道と上街道が交わる宿場町として栄え、北部の沿岸部は古くから漁村であった。現在では黒部漁港として整備され、水産物地方卸売市場が設置されている。


9位 滑川(なめりかわ)市 3万

富山県中央北部に位置し、富山湾を望む市。古くから北陸道の宿場町として栄え、県内では西隣の富山市に次ぐ、製薬が盛んな地として知られる。富山市のベッドタウンとして1980年代から2000年代なかばにかけて人口が増加した。沖合で5、6月ごろに観察される蜃気楼が有名である。


10位 小矢部(おやべ)市 2万人

富山県西部、小矢部川中流域に位置する内陸市。西で石川県と接する。平安時代末期、源平合戦の一つである「倶利伽羅峠の戦い」が繰り広げられた地で、近世は北陸道の宿場町、小矢部川の河港として栄えた。近年では高岡市や金沢市の衛星都市としての性格も持つ。1970年代より、世界の有名建築を模した公共建築がいくつも建てられ、「メルヘン建築」の町などと呼ばれることもある。それらは観光名所にもなっているが、地域風土と建築デザインとのつながりの薄さや、割高な建築費などが批判も呼び、それらは建物の老朽化に合わせ徐々に取り壊されることが決まっている。


次ページ (参考)11位から15位



関連 : 大阪府の都市・人口ランキングTOP10 / 愛知県の都市・人口ランキングTOP10 / 石川県の都市・人口ランキングTOP10 / 静岡県の都市・人口ランキングTOP10 / 広島県の都市・人口ランキングTOP10高知県の都市・人口ランキングTOP10 / 岐阜県の都市・人口ランキングTOP10


→ HOMEに戻る

1 2

シェアする