長崎県の都市・人口ランキングTOP10

長崎県の都市の人口ランキングです。


長崎県 人口 : 136万人 (2019年)


1位 長崎市 42万人

長崎県南部に位置し、西彼杵(にしそのぎ)半島と長崎半島を占める港湾都市。長崎県の県庁所在地。江戸時代は中国風に「崎陽」とも呼ばれた。南東で橘湾、南西で長崎湾、北で大村湾に面し、池島、香焼島、伊王島ら島しょ部も多く市域に含まれる。細長い湾状の港を有し、町は山がちである。1571年にポルトガル船が来航して以来、国際貿易港として発展。1580年、日本初のキリシタン大名となった大村純忠は布教に訪れていたイエズス会に長崎港周辺などを寄進したが、1587年に豊臣秀吉によりキリシタン禁教令が発布され、二十六聖人が処刑された。江戸時代以降も市内の出島が鎖国政策下唯一の開港地となり、オランダ東インド会社と交易した。日米修好通商条約でも開港場となる。大浦天主堂、グラバー園、浦上天主堂など幕末から明治期にかけての洋風建築も多く残っている。幕末に始まった造船業は明治以降三菱財閥に引き継がれたほか、採炭、漁業、養殖なども栄え、1920年ごろには九州最大の都市となった。1945年8月9日、米軍により原子爆弾が投下され、市内の2分の1が消失。15万人が死傷した。戦後も造船業で栄えるが、産業の転換とともに人口も1980年代より減少傾向が続いている。2022年に佐賀県・武雄温泉駅と長崎駅とを結ぶ西九州新幹線が開業する予定である。





2位 佐世保市 25万人

長崎県北部に位置し、西で佐世保湾、南で大村湾に臨む市。針尾島や五島列島北端の島しょ部も市域に含む。東で佐賀県に接する。江戸時代は平戸藩に属し明治初期まで寒村だったが、1886年に海軍基地が設置され、1889年佐世保鎮守府が置かれると都市化が急激に進んだ。大正時代には佐世保港は東洋一の軍港とも讃えられた。戦後も旧海軍基地が在日米海軍佐世保基地や海上自衛隊佐世保基地となるなど、軍都としての性格が強く残っている。明治期に作られた旧海軍工廠の施設は戦後、民間の佐世保重工業に引き継がれた。江戸時代から採炭も盛んだったがエネルギー構造の転換もあり、1955年をピークとして1973年に市内の炭鉱はすべて閉山した。人口も同じく1955年の35万人をピークに緩やかな減少傾向が続いている。1992年、大村湾に面した一帯にオランダの町並みを再現したテーマパーク・ハウステンボスがオープンした。


3位 諫早(いさはや)市 13万人

長崎県南東部東に位置し、3つの湾に面する市。古くは「伊佐早」と書いたが、安土桃山時代にここを統治した龍造寺氏が「諫早」と改名した。江戸時代は鍋島支藩・諫早藩の高城(亀城)の城下町として発展。1989年、治水や平地の確保を目的に1950年代より計画されていた諫早湾干拓事業が着工を開始。沖に潮受け堤防が作られ、1997年に堤防の水門が閉じられた。しかし2000年ごろから諫早湾の養殖のりが不作となり、水門の閉め切りが原因として疑われた。漁業者による訴訟に発展したが、2007年に潮受け堤防が完成し、堤防上に道路も敷かれた。隣接する長崎市のベッドタウンとして1970年代以降人口増加が続いた。


4位 大村市 9万人

長崎県の中央部、大村湾の東岸に位置する市。10世紀、大村直純が久原城に入城して以来、大村氏のお膝元として栄える。1564年に三城、1598年に玖島城に大村氏の居城が移る。戦国時代には大村純忠がキリシタン大名となり、ポルトガルとの交易も行われた。明治期には軍都となり、現在も陸上自衛隊、海上自衛隊の駐屯地が所在する。1975年、大村湾沖に世界初の本格海上空港である長崎空港が開港。1980年には国際空港となり、2020年現在国内14位の乗降客数を記録している。


5位 南島原市 4万人

長崎県南東部、島原半島の南東部に位置する市。2006年、8町が合併して南島原市が誕生した。1496年、有馬貴純が原城を築城。1567年にポルトガル船が来航し、町は南蛮貿易で栄えた。また同じ頃来日したイエズス会の宣教師によってキリスト教もひろく布教され、コレジオ(神学校)やセミナリオ(小神学校)が設立された。江戸時代、キリスト教が禁教となると1637年に天草四郎率いる島原の乱が勃発。すでに廃城となっていた原城に住民らが立てこもったが幕府に鎮圧され、住民のほとんどが処刑されたと言われる。1991年に雲仙普賢岳噴火による火砕流が発生し、多大な被害を被った。


6位 島原市 4万人

長崎県、島原半島の東部に位置し島原湾に臨む市。1792年の眉(まゆ)山の爆発によりできた九十九島も市域に含む。江戸初期に完成した島原城は「日本の100名城」にも選ばれているが、完成時は島原藩の石高に比して壮麗すぎたため、藩の財政を圧迫。重税を課された農民は、キリシタン弾圧への反発も相まり、1637年に島原の乱を起こした。乱鎮圧後は松平家の城下町となり、豊富な湧水を生かした染物業で栄えた。明治の廃藩置県では一時島原県の県庁所在地となる。島原温泉や江戸の町並みが残る観光地である。1991年の雲仙普賢岳の噴火では甚大な被害に遭った。





7位 雲仙市 4万人

長崎県、島原半島北西部に位置する市。2005年、7町が合併して雲仙市が成立した。市名は、行基が701年に開山した温泉山満明寺の山号である「雲仙」が由来。中世は有馬氏の配下にあり晴純の代に全盛期を迎えるが、1577年に龍造寺隆信に釜蓋(かまぶた)城が攻撃され一時衰退した。討たれた釜蓋城城主・千々石(ちぢわ)直員の子は、1582年に派遣された天正遣欧少年使節の一人である千々石ミゲルである。雲仙温泉や小浜温泉、風光明媚な景色などから、多くの観光客を集めている。


8位 西彼杵(にしそのぎ)郡長与町 4万人

長崎県南部、大村湾の南岸に位置する町。古くから続くミカン栽培が町の主力産業である。隣接する長崎市のベッドタウンとして、戦後より人口は一貫して増加を続けている。


9位 五島(ごとう)市 3万人

長崎県西端、五島列島の南半分にあたる11の有人島、52の無人島を占める市。2004年、福江市と5町が合併して五島市が成立。五島列島の中心地で、古代、遣唐使船が南路をとる際の日本最後の寄港地となった。古くよりキリシタン信仰の厚い地域で市内には教会や天主堂が多く残り、江上天主堂とその周辺および久賀島全域は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の一部として、世界遺産(文化遺産)に登録されている。


10位 平戸市 3万人

長崎県北西部の平戸島全域と周辺島しょ部、九州本島の一部市域からなる市。平戸島と九州本島は平戸大橋で結ばれている。遣唐使の時代はその寄港地となり、804年には空海が滞在。また宋から帰着した栄西が日本最初の禅規を伝え、同じく宋から持ち帰った茶の種を日本で初めて蒔いた地でもある。中世は松浦氏に支配され、1550年にはフランシスコ・ザビエルが滞在。平戸全域にキリスト教が広まり、1551年に日本初の教会が建てられた。そこから約90年ほど南蛮貿易の港として栄え、今も平戸和蘭商館跡や平戸ザビエル記念教会などが残る。江戸時代は6万3000石の城下町として繁栄する。春日集落と安満岳、島の北部沖合いのキリシタン殉教地・中江ノ島は世界遺産である「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産である。





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