日本の都市・人口ランキングTOP150
関連 : 世界の都市人口ランキングBEST100 / 世界都市圏別・人口密度ランキングTOP200 / 日本・人口密度の高い都市ランキングTOP300 / アメリカの都市・人口ランキングTOP25 / 中国の都市・人口ランキングTOP50 / イギリスの都市・人口ランキングTOP10 / フランスの都市・人口ランキングTOP10 / ドイツの都市・人口ランキングTOP10 / イタリアの都市・人口ランキングTOP10 / スペインの都市・人口ランキングTOP10 / 韓国の都市・人口ランキングTOP10 / インドの都市・人口ランキングTOP15 / ロシアの都市・人口ランキングTOP10 / カナダの都市・人口ランキングTOP10 / オーストラリアの都市・人口ランキングTOP10 / アフリカ大陸の都市・人口ランキングTOP30
101位 上尾市 (埼玉県) 22万人

埼玉県東部にある市。江戸時代、中心市街地の上尾は中山道の宿場町として発展。荒川に接する西部の平方にも船着き場があり、こちらも水運交通の地として栄えていた。1883年に日本鉄道(現・JR高崎線)が開通したことにより、上尾駅周辺が発展を始めた。戦後、住宅団地、工業団地が建設されると、周辺市と同じく東京の衛星都市として人口が急激に増加した。1983年には市東部に、大宮から埼玉新都市交通ニューシャトル(自動運転のゴム輪電車)が開通。人口は今も増加傾向が続いている。
102位 寝屋川市 (大阪府) 22万人

大阪府北東部に位置し、西に淀川が流れ、中央を寝屋川が流れる。1910年に京阪電鉄が開通して以降宅地化が進んだ。戦前、京阪電車は市北部の「香里園」に宅地造成を計画していたが、当地が大阪から鬼門にあたるため、1934年、鬼門除けとして成田不動尊に依頼し「成田山大阪別院明王院」を創建した。1951年市制。JR片町線も走る大阪市の住宅衛星都市だが、1990年代より人口は減少傾向である。
103位 宝塚市 (兵庫県) 22万人

兵庫県南東部、武庫川中流域にある市。1886年、温泉が湧き出たことで「宝塚温泉」として開発されたのが街のはじまり。1897年に阪鶴鉄道(現・福知山線)、1910年に箕面有馬電気軌道(現・阪急宝塚本線)が開通。電気軌道の小林一三が、武庫川をはさんで宝塚温泉の対岸に「宝塚新温泉」(のちの宝塚ファミリーランド。2003年閉園)を開発。1914年、三越の少年音楽隊をヒントに宝塚唱歌隊(のちの宝塚歌劇団)を作り温泉内の劇場で上演したことが成功。観光地として大阪方面から観光客が訪れるようになった。電気軌道は阪急と名前を変え、宝塚は阪急グループの中心地となっていく。このころから住宅開発が始まっていたが、戦後急速に大阪のベッドタウンとして宅地化が進行した。
104位 厚木市 (神奈川県) 22万人

神奈川県中央部に位置する市。相模川を挟んで海老名市に接するが、JR・小田急の厚木駅は海老名市にある。古くから相模川水運の港を持ち、木材の集散地として発達。地名も「集木(あつめぎ)」に由来するという説もある。1955年市制移行。1968年に東名高速のインターチェンジが完成してからは首都圏の主要な流通拠点となり、多くの工場や倉庫が建設された。それに伴い、1970年代に人口は2倍ほどに急増している。
105位 太田市 (群馬県) 22万人

群馬県南東部に位置する市。中世は新田氏の地で、江戸時代は新田氏を祀るため徳川家康が建立した「大光院」の門前町、日光例幣使街道の宿場町、および市場町として栄える。1919年に中島飛行機会社が設立されると、第二次大戦にかけ軍需産業都市として発展した。1960年に首都圏開発区域に指定されると、GHQにより解体された中島飛行機を引き継いだ富士重工業(現・スバル)による自動車生産などが増加し、現在では県内トップの製造品出荷額を誇る工業都市へと発展している。
106位 八戸市 (青森県) 21万人

青森県南東部に位置し、太平洋に臨み、南で岩手県に接する市。鎌倉時代、奥州藤原氏を討った恩賞として、甲斐国・南部氏が源頼朝からこの地域一帯を与えられたとされる。1334年に城を築き、盛岡に移るまで城下町として発展。江戸時代も南部氏盛岡藩の配下だったが、南部氏に跡取りがいなかったため盛岡藩から八戸藩が分けられ、その中心地となった。八戸城が築かれ、2万石の城下町となる。1929年市政移行。1989年に東北自動車道が開通、2002年には東北新幹線が八戸駅まで延伸した。漁業が盛んな水産都市であり、八戸三社大祭は国の重要無形民俗文化財、およびユネスコの世界無形遺産「山・鉾・屋台行事」の一つとして登録されている。
107位 伊勢崎市 (群馬県) 21万人

群馬県南東部、利根川の左岸に位置する市。戦国時代まで「赤石郷」と呼ばれていた地で、江戸時代は稲垣氏や酒井氏の城下町、また市場町として賑わった。この地域の年貢は伊勢神宮に献じられており、江戸時代、神宮を祀るため「伊勢宮」が建てられたが、「伊勢宮の前の町」が転じて「伊勢の前(さき)」と呼ばれたことが現地名の由来である。古くより養蚕が盛んで、「伊勢崎銘仙」が有名。高度経済成長期以降は輸送機械の製造が活発となった。養蚕技法「清涼育」を確立した田島弥平の旧宅は、「富岡製糸場と絹産業遺跡群」の一部としてユネスコの世界文化遺産に登録されている。JR両毛線が通じ、また東武伊勢崎線の終着駅でもある。
108位 西東京市 (東京都) 20万人

東京都中部の武蔵野台地に位置し、北で埼玉県新座市に接する市。2001年、田無市と保谷市が合併して西東京市が発足した。一帯は古くから武蔵国に属す。現市西部にあたる旧・田無市は、江戸城造営のための木材輸送路として開通した青梅街道の宿場町、市場町として発展。「田無」の名の由来は、農民が宿場の旅館業に精を出し農耕がおろそかになったからというもの、台地上の乾いた土地で田んぼがなかったからというものなど諸説ある。1893年、東京府北多摩郡に移管。1927年に西武鉄道村山線(現・西武新宿線)が開通したことで、東京都心のベッドタウンとして発展が始まった。戦前には大日本時計(シチズン)、中島航空金属、豊和工業(石川島播磨工業)などの工場が作られ、戦時中は航空機製造の一大地となった。戦後、工場跡地などに(旧・保谷市、現・東久留米市にまたがり)ひばりが丘団地が造成され、日本のマンモス団地ブームの先駆けとなった。現市東部にあたるの旧・保谷市は、江戸時代、保谷氏によって開拓された地で、玉川上水の分流・千川上水が引かれると、新田開発が進展。1907年に東京府北多摩郡に移管。1915年、武蔵野鉄道武蔵野線(現・西武池袋線)保谷駅が開業。近郊農業が盛んで、鉄道を通じて農作物が都心に出荷された。戦後は都心のベッドタウンとして急速に発展した。
109位 流山市 (千葉県) 20万人

千葉県北西部に位置し、江戸川を挟んで埼玉県に接する市。江戸時代は江戸川の水運やみりんの醸造で栄え、また幕府直轄地である小金牧(こがねのまき)で軍馬の養育が行われた。明治の廃藩置県では葛飾県となりその県庁所在地となるもすぐに印旛県に統合された後、千葉県となった。流鉄流山線、東武野田線(アーバンパークライン)、JR武蔵野線などが市街を横切るように走っていたが、2005年に東京都心に直通するつくばエクスプレスが開通したことで人口が急増。2013年から2020年まで8年連続で県内自治体で最も高い人口増加率を記録している。
110位 呉市 (広島県) 21万人

広島県南西部、広島市の南東に位置する瀬戸内海に面する市。地形的に天然の良港を有し、19世紀に日本海軍の鎮守府が置かれた。海軍工廠が作られ、軍都として急速に発展。呉港は東洋一の軍港と言われ、第二次大戦前には現在の2倍近い40万人ほどの人口がいたと言う。しかし、その軍事的戦略性から戦時中はアメリカ軍の標的となり、町は壊滅的な被害を受けた。戦後、軍港は海上自衛隊呉基地に引き継がれたほか、工廠は造船や製鋼の施設に転換された。
111位 八千代市 (千葉県) 20万人

千葉県北西部に位置する市。中世は千葉氏に支配され、戦国時代は高木氏が吉橋城、村上氏が米本(よなもと)城を築いた。近世以降、成田街道の宿場町として栄える。1956年、日本の住宅団地の発祥として知られる八千代台団地の建設を契機に団地が多く作られ、東京のベッドタウンとして人口が急増。1975年には人口10万人以上の都市で全国一の人口増加率を記録した。京成線に加え1996年には東京都心と直通する東葉高速鉄道が開通し、今も人口の微増が続いている。
112位 松江市 (島根県) 20万人

島根県北東部に位置する同県の県庁所在地。日本海に通じる中海と宍道(しんじ)湖に挟まれ、両水域を通じる大橋川によって市街地が南北に分かれている。近世まで宍道湖東岸あたりは小村だったが、1611年、湖を望む亀田山に松江城を築城して以降、松江藩の城下町として発展。若狭小浜藩から転封した京極氏の支配を経て、1638年以降松平氏が支配すると町は更に発展し、山陰地方の最重要都市となる。明治以降、島根県の県庁所在地が置かれ、1908年に山陰本線が宍道湖の南に通じると市街が拡大した。明治後半、文学者・ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が住み、松江のある旧出雲の国の名は彼の日本名の由来となった。ハーンの旧居は国の史跡に指定されている。1974年、日本海岸で中国電力・島根原子力発電所が稼働を開始。2005年、原発のあった鹿島町を合併したため、島根原発は日本唯一の県庁所在地にある原発となった。宍道湖岸に玉造温泉、松江温泉など温泉地があり、城下町の風情を今も残す文化都市である。
113位 小平市 (東京都) 19万人

東京都中央部、武蔵野台地上に位置する市。律令国家では武蔵国多摩郡に属す。旧石器時代の遺跡などいくつか残るものの、水源がほとんど無いため長らく人々が住み着かなかった。徳川家康の江戸入城により、江戸城築城のための資材を運ぶ道として青梅街道が作られる。1654年に水不足解消のため玉川上水が開削され、小川九郎兵衛が小川村を開いたことで集落が形成された。江戸時代を通じて新田開発が行われ、明治の廃藩置県でははじめ神奈川県に属した。1889年、周辺7村が合併し、平地が多かったことから「小川」の名に「平」を合わせた「小平村」が成立した。1893年に東京府編入。しかし明治以降も新田開発によって作られた集落がいくつか点在する農村地帯だった。1894年、川越鉄道(現・西武国分寺線)が開通。関東大震災後から宅地開発が始まり、女子英学塾(現・津田塾大学)や陸軍経理学校などが設置されたが、本格的に発展するのは戦後になってからである。都心のベッドタウンとして、特に1960年代を通じて人口は約2.5倍に急増し、1962年に市制に移行した。
114位 東広島市 (広島県) 19万人

広島県中部の市。中心の西条は安芸国の国府が置かれた中心地であり、近世以降は山陽道の宿場町、酒造りの中心として栄えた。戦後、広島市に隣接することから広島市のベッドタウンとして発展していたが、1973年に広島大学が東広島市に移転するのを機に周辺自治体と合併・併合。1974年に市制に移行した。1980年代に国が推し進めた広島中央テクノポリスの中心として先端産業の進出が進み、人口は1970年から2倍ほど急増している。
115位 伊丹市 (兵庫県) 19万人

兵庫県南東端にあり、東で大阪府に接する市。市名は鎌倉時代より摂関家領・橘御園(たちばなのみその)を管理していた伊丹氏によるもの。奈良時代に僧・行基が当地に灌漑用水として昆陽池を作り、昆陽寺を建立。南北朝時代、伊丹氏が城を築き、戦国時代に改築されて「有岡城」とした。荒木氏に攻め込まれた後、江戸時代は近衛家の天領となり、100以上の酒倉が立ち並ぶ酒処として知られた。1920年の阪急伊丹線開通後は多くの工場が進出。市の東に大阪国際空港があり、空港の面積の7割ほどが伊丹市に属する。
116位 三鷹市 (東京都) 19万人

東京都中部に位置する市。古くは武蔵国多摩郡に属した。地名は江戸時代、幕府や徳川御三家の鷹場があったことにちなむ。1654年の玉川上水開削により新田開発が始まり、1657年の明暦の大火で被災した江戸・神田連雀町(現・神田須田町、神田淡路町)の住民が移住してきたことで集落が拡大した。現在も区内の「下連雀」、「上連雀」という地名にその名残が見られる。1893年に東京府に編入された。1924年、東京天文台が完成。しばらく農村地帯だったが、関東大震災を機に都心の住民が移住したことで人口が増加。1930年代に中央本線、京王井の頭線が開通したことで都市化が進展した。1941年に(府中市にまたがって)陸軍調布飛行場が完成し、1944年には中島飛行機三鷹研究所ができるなど、戦前戦中は軍都としても栄えた。戦後、三鷹研究所跡地に国際基督教大学が開学。都心のベッドタウンとして公団住宅が多く作られ、1950年代から1970年はじめにかけて、人口は3倍ほど増加した。(武蔵野市にまたがって)井の頭公園(1917年開園)が広がり、東京都心近郊の自然の多い住宅地として人気が高い。
117位 鈴鹿市 (三重県) 19万人

三重県北部に位置し、伊勢湾に面する市。古代、伊勢国の国府が置かれた地である。室町時代に神戸(かんべ)城が築かれ、江戸時代は東海道、伊勢参宮街道の宿場町として発展。戦前、海軍航空隊や海軍航空廠(支廠)が置かれ、軍都となった。戦後工場の集積が進み、現在では県内第2の工業都市である。1962年、本田技研工業により鈴鹿サーキットが開設され、1987年からF1日本グランプリが開催されている。
118位 熊谷市 (埼玉県) 19万人

埼玉県北部に位置する市。利根川を挟んで北で群馬県太田市などと接し、南の中心市街近くに荒川が流れる。湧泉が多い古くから開発された地で、中世には熊谷(くまがい)直美の拠点となった。当地の名は熊谷氏に由来するものであるが、読みは後に現在の「くまがや」に改められた。江戸時代は中山道の熊谷宿や、秩父札所巡りの分岐点、荒川の水運拠点として栄える。1883年に日本鉄道(現・JR高崎線)が上野から熊谷まで開通し、1901年には埼玉を東西に走る秩父鉄道も開通。埼玉の北の中心地として、1933年には川越市についで県内2番目に市制に移行した。第二次大戦終戦前夜(8月14日)から翌日未明にかけて、市内の4分の3を消失する熊谷空襲を受けている。1982年には上越新幹線も開通するなど、鉄道交通の要地である。「暑い町」として有名で、2018年7月23日には国内観測史上最高気温の41.1℃を記録している。
119位 山口市 (山口県) 19万人

山口県中部に位置し、北東で島根県に接し、南で周防灘を望む同県の県庁所在地。自治体として県内最大の面積を有し、中心市街は山口盆地にある。14世紀、周防国を治めた大内氏が、現在の市街中心部を本拠地としたのが町の起源である。応仁の乱(1467年-1477年)を逃れてきた京の文化人を多く受け入れ、戦国時代には京の町を模して街区が整備されるなど、「西の京」と呼ばれる大内文化が花開いた。大内氏は海外交易にも積極的で、1550年にフランシスコ・ザビエルが訪れ、日本で初めてクリスマスが祝われた地でもある。江戸時代に毛利氏の配下に入ると政治の中心は日本海側の萩に移され、山口は一時衰退した。しかし幕末、外国勢力からの攻撃に備えるため、沿岸部の萩から長州藩庁が山口に戻され、山口は倒幕派の一大拠点ともなった。明治の廃藩置県後もそのまま山口県の県庁所在地となる。平成の大合併前は人口14万、合併後の現在も19万人ほどで、県庁所在地としての人口は全国最小である。
120位 日野市 (東京都) 19万人

東京都西部、多摩川の南岸に位置し、市の中央を多摩川支流の浅川が走る市。南部は台地で高低差があり、市内には自然が多く残る。地名は、中世の武士団・武蔵七党の一つ、西党の日奉(ひまつり)宗頼を祀った日野宮神社に因むというもの、のろし(烽火)が上げられた場所で「火野」が転じたとするもの、などその由来には諸説ある。関東三大不動の一つ、金剛寺高幡不動尊は8世紀ごろ建立と伝えられる。江戸時代初期、多摩川を渡る日野の渡しの拠点として、甲州街道日野宿が整備された。廃藩置県でもそのまま「日野宿」の名で神奈川県に編入。1893年に東京府に編入され、町制に移行し「日野町」となった。戦前より日野台地に工場が誘致され、特に1942年に独立した日野重工業(現・日野自動車の前身)は同市に本社を置く大企業の一つである。戦後、多摩平団地などの住宅団地が作られ、都心や八王子のベッドタウンとして人口が急増。1963年に市制に移行した。
121位 甲府市 (山梨県) 18万人

山梨県の中央部に位置し長野県に接する、同県の県庁所在地。1951年までは同県唯一の市だった。市街地は甲府盆地の中心に位置する。古くから開け、巨摩(こま)郡青沼郷などと呼ばれていたが、1519年、甲斐国の守護大名・武田信虎(のぶとら、武田信玄の父)が居館を石和(いさわ、現・笛吹市)から市内の躑躅ヶ崎(つつじがさき、現・武田神社)へ移した際、「甲斐国の府中(守護所)」という意の「甲府」に改称された。武田氏滅亡後の1594年、甲府城(現・舞鶴城公園及び甲府駅)が築城され、浅野長政が入城する。江戸中期、柳沢吉保(よしやす)が藩主の時代に市街地の整備が行われ、甲州街道の宿場町として賑わった。明治の廃藩置県で山梨県の県庁所在地となる。養蚕が盛んで、昭和初期まで製糸業で栄え、1903年に中央本線が延伸し交通の便がよくなると製造業も興る。1909年に歩兵第49連隊が設置され軍都となるが、第二次大戦末期の米軍による空襲で市街の約7割が消失した。1982年に中央自動車道が開通すると、工業製品出荷額が増加した。市街南部の大津町には、2027年先行開業予定のリニア中央新幹線の「山梨県駅」が設置される予定である。
122位 小田原市 (神奈川県) 18万人

神奈川県南西部の都市。市西部は箱根山の東斜面にあたる。室町時代に北条氏が小田原城を作り城下町が形成された。江戸時代は東海道の宿場町としてにぎわう。19世紀末の東海道本線開通時、線路は箱根山の北側に迂回したため小田原市街は通過しなかったが、1934年に箱根山麓を貫く丹那トンネルが開通したことにより、本線の通過地となったため小田原に駅が置かれることとなった。1940年市制に移行。1964年には東海道新幹線の小田原駅も設置。その他小田急小田原線の終点、伊豆箱根鉄道、箱根登山鉄道の起点でもあり、箱根、伊豆半島への観光道路も通じている。バブル期には一時、新幹線を利用する通勤者によって東京のベッドタウンとなったが、近年の都心回帰現象により1990年代をピークに人口は減少傾向である。
123位 岸和田市 (大阪府) 18万人

大阪府南部に位置し、大阪湾に臨む市。古代、和泉国に属す。南北朝時代に楠木正成一族の和田氏が城を築いたとされ、和田氏は「岸和田」の地名の由来となったと言われる。江戸時代は岸和田藩岡部氏5万3000石の城下町となり、泉州の経済の中心地として栄えた。明治期に紡績工場が作られると、以後戦後にかけ工業都市として発展した。毎年9月、10月に岸和田だんじり祭が行われる。
124位 安城市 (愛知県) 18万人

愛知県中部、南に矢作川が接する市。1880年に明治用水が完成したことで水田地帯となった。19世紀末には東海道本線が開通し、駅前に集落が発達。1920年代には農業経営の多角化、共同化など先進的な取り組みがなされ、その先進性から農業大国デンマークにちなんで「日本のデンマーク」と呼ばれていた。戦後多くの工場を積極的に誘致し、現在では工業都市としての性格が強い。
125位 鳥取市 (鳥取県) 18万人

鳥取県東部に位置し、日本海に臨む鳥取県の県庁所在地。県庁所在地としては人口は全国最小である。沿岸部に日本最大規模の鳥取砂丘を有し、豪雪地帯としても知られる。東で兵庫県、南で岡山県と接する。鳥を捕ることを生業とした「鳥取部(ととりべ)」が住んでいたことが地名の由来。『古事記』に出てくる「因幡の白兎」由来の「白兎(はくと)神」を祀る、白兎(はくと)神社が市内にある。古くは因幡国(いなばのくに)の国府所在地で、1545年、山名誠通(のぶみち)が鳥取城を築城。1573年、山名豊国が居城とし、城下町として発展した。江戸時代には池田光政が城下町を拡大させた。1876年、明治の廃藩置県の過程で鳥取県は島根県に併合され、県庁も松江に移転。旧鳥取藩士を中心に鳥取県独立運動が起こったが、1881年に鳥取県が復活し、鳥取市も県庁所在地に復帰した。1952年、戦後の大火としては国内最大級となる鳥取大火が発生。市民の約半数が被災した。古くから現代にいたるまで港町として栄え、賀露(かろ)港は重要な漁港である。2000年に人口は20万人に達したが、近年人口は減少傾向にある。
126位 沼津市 (静岡県) 18万人

静岡県東部、伊豆半島の西の付け根に位置する市。地名は富士山からの地下水により、沼が多かったことによる。戦国時代に武田勝頼が三枚橋城を築城。1613年に廃城となったが、その後水野氏が同じ場所に新たに城を築き沼津城とした。城下町、東海道の宿場町として発展。1889年に東海道本線が開通してからは、繊維工業が発展した。政財界の有力者の別荘地ともなり、1893年には皇室の沼津御用邸(1969年廃止)が作られた。みかんや茶、ハマチの養殖が盛ん。現在は静岡県東地域の拠点都市である。
127位 立川市 (東京都) 18万人

東京都西部に位置し、南で多摩川に接する市。9世紀、現・立川駅南に諏訪神社が建立される。平安末期より武蔵七党の一つ、西党の日奉(ひまつり)氏の一族、立河氏が支配する。江戸時代、北部の砂川に玉川上水が引かれると新田開発が始まり、五日市街道沿いに集落が作られた。1893年に東京府に編入。1889年に甲武鉄道(現・JR中央線)の立川駅が開業し、立川駅北東に1922年、陸軍飛行連帯の立川飛行場が作られると軍都として発展した。第二次大戦後、立川飛行場は米軍に接収され、1956年には米軍基地拡張に反対する砂川闘争が起こった。1977年、米軍が横田基地に移転したのに伴い立川飛行場が日本に全面返還され、一部が自衛隊立川基地として引き継がれたほか、残りの部分が広大な国営昭和記念公園(昭島市にまたがる)や立川広域防災基地として整備された。立川駅北口の再開発も進み、立川駅は多摩地方最大の乗降客数を誇る商業中心地となった。
128位 豊川市 (愛知県) 18万人

愛知県南東部、豊川右岸、豊橋市の北に位置する都市。三河国の国衙(役所)がおかれ、国分寺跡が残るなど古くから中心地だった。15世紀ごろから江戸時代にかけて、日本三大稲荷の一つである豊川稲荷の門前町や、東海道、姫街道、伊那街道の宿場町として発展。1939年に海軍工廠が設置され軍都となる。戦後、工廠跡に工場が誘致され、産業都市として発展した。
129位 上越市 (新潟県) 18万人

新潟県南西部、日本海に面する市。1971年、高田市と直江津市が合併して上越市が誕生。面積も県内2位の広さを持つ。内陸市だった旧高田市は、徳川家康の六男・松平忠輝などを城主とした高田藩の城下町。旧直江津市は古くから港町として発展し、戦国時代は上杉氏の城下町となり、江戸時代は隣の高田藩に属した。第二次戦後、市内の頸城(くびき)油田・ガス田が本格的に掘削され、開発は沖合まで及んだ。2015年北陸新幹線が上越市(上越妙高駅)に延伸。世界有数の豪雪地帯で、1945年には377cmの積雪を記録している。また参考記録ながら1927年に市内で818cmの積雪を記録したこともある。
130位 和泉市 (大阪府) 18万人

大阪府南西部に位置する市。古代、和泉国の国府所在地であり、熊野街道が南北に走る。明治期は江戸時代より続く綿織物の生産が発展し、繊維工業の町となった。1970年代より、大阪市のベッドタウンとして発展した。
131位 宇治市 (京都府) 17万人

京都府南部に位置し、京都市や滋賀県大津市に接する市。琵琶湖から流れる宇治川を中心に町が広がる。平安時代は、藤原家はじめ貴族の別荘地だった。11世紀建立の平等院も藤原道長の別荘・宇治殿を子の頼通が寺にしたもので、現存する鳳凰堂は世界遺産である。鎌倉時代に端を発する宇治茶の産地としても有名。市の西側に巨大な巨椋(おぐら)池があったが、豊臣秀吉の時代に干拓が始まり、戦前までに農地などに変わった。戦後は京都市や大阪のベッドタウンとなり、1960年代に人口が急増した。
132位 習志野市 (千葉県) 17万人

千葉県北西部に位置し、東京湾に接する市。中世以降、小金牧の名で知られる軍馬の放牧地の一部であった。1873年、「大和田原」と呼ばれた原野で近衛兵の演習が行われた際、行幸した明治天皇が篠原国幹少将の指揮に感銘を受け「篠原を見習え」と発したものが、「習え篠原」、「習志野(原)」と転じ、地名となったとする説がある。後に陸軍習志野錬兵場などが作られ軍都となるが、戦後、軍施設の多くは大学や病院などに転用され、また鉄道連隊の演習線は新京成電鉄の線路となった。高度成長期、東京のベッドタウンとして人口が急増。1970年代にはJR津田沼駅前に次々とデパートが開業し、「津田沼戦争」とも呼ばれる全国有数のデパート激戦地区となった。東京湾沿いの遠浅の海岸も埋め立てられ住宅地などに転用されたが、旧大蔵省保有地だったため埋め立てられずに残った谷津干潟が1993年、ラムサール条約登録地となった。干潟隣には大正時代開園の遊園地・谷津遊園があったが、親会社の京成電鉄が1983年開業の東京ディズニーランドの経営に参画することに伴い、1982年に閉園した。
133位 出雲市 (島根県) 17万人

島根県北東部、宍道湖の西、日本海に面する都市。古くから有力な勢力がいたことが知られ、荒神谷遺跡や西谷墳墓群などが有名である。神話時代に天照大神によって創立されたと言われる日本最古の神社の一つ、出雲大社の門前町が広がる。市街中心の今市は室町時代から発展。大正時代は紡績業で栄えた。低地に農地が広がる農業都市である。
134位 鎌倉市 (神奈川県) 17万人

神奈川県東部に位置し、相模湾を臨む市。三方を丘陵に囲まれる。1063年、源頼義により鶴岡八幡宮が創建され、1180年、鎌倉に入った源頼朝が、現在の位置に八幡宮を移した。1192年、頼朝により鎌倉幕府が成立。以後、1333年に北条氏が滅ぼされるまで、鎌倉は日本の政治の中心地だった。室町時代も鎌倉府が置かれたが、1455年に下総国に古河公方が置かれ関東の政治的中心地ではなくなったことにより、鎌倉は衰退した。江戸時代初めまで小さな農漁村だったが、江戸時代後期より観光地として再び注目を集めるようになり、明治時代は海浜別荘地、昭和以降は東京や横浜のベッドタウンとして市街化が再び始まった。鶴岡八幡宮、鎌倉五山、長谷寺、鎌倉大仏ほか多くの史跡が残る。
135位 浦安市 (千葉県) 17万人

千葉県北西部に位置し東京湾を望み、西で東京都江戸川区に接する市。古くから海苔やアサリの養殖を主とする漁村で、東京都に隣接する位置にありながら鉄道路線から外れたため、長らく開発から取り残されていた。1969年に営団地下鉄東西線が開通。1971年に漁業権を放棄して沿岸部を埋め立て、京葉工業地帯の一角として整備された。1981年に市制移行。1983年に埋立地に東京ディズニーランドが開園し、1988年にJR京葉線が開通すると、周辺地帯で商業化・宅地化が急速に進み、1990年代に人口10万人を突破した。財政力指数では全国市区中、首位(2020年度)を誇る。2011年に東日本大震災による沿岸部での液状化の影響などで、市制移行以来初めて人口が減少したが、2016年には震災前の人口水準まで復旧した。
136位 日立市 (茨城県) 16万人

茨城県北東部に位置し、太平洋に臨む市。古代「助川駅」が置かれ、中世は佐竹氏が支配。陸前浜街道の宿場町として栄え、江戸時代は水戸藩領となる。水戸藩主・徳川光圀が神峰(かみね)神社に参拝した際、太平洋沖から登る朝日を讃えたことが「日立」という地名の由来。鉱山開発は江戸時代から始まっていたが、1905年に日立鉱山が開かれると町は発展。1908年、鉱山機械の修理工場から始まった日立製作所が1920年に日立鉱山から完全独立。町は鉱山町、日立製作所の企業城下町として発展した。1981年に鉱山は閉山。現在、北関東の都市として最大の工業出荷額を誇り、戦後一時水戸市よりも多くの人口を抱える都市となったが、日立グループのグループ再編などに伴い、近年人口は減少傾向にある。神峰神社の日立風流物は「山・鉾・屋台行事」の一つとして、ユネスコの世界無形遺産に登録されている。
137位 苫小牧市 (北海道) 16万人

札幌の南、太平洋に面する都市。アイヌ語で「沼のうしろにある流れ」を意味する「トマクオマナイ」に由来する。16世紀ごろから松前氏によって支配され、19世紀初めには入植が始まっていた。1873年に「苫細」とする漢字表記が当てられ、1873年、道南と札幌を繋ぐ馬車用道路の札幌本道が開通すると、開拓使出張所が設けられた。1874年、漢字名が「苫小牧」に改められる。1948年に市制移行。豊富な水と森林資源に恵まれているため、製紙業が発展している。1963年には国内初の内陸掘込式の人工港・苫小牧港が開港。北の小樽から、札幌の外港としての役割を幾分奪うこととなった。都市は成長を続け、室蘭、帯広、釧路の人口を抜いた。
138位 西尾市 (愛知県) 16万人

三河湾に臨む市。沖合いの離島・佐久島も西尾市に属する。16世紀、県内最大の白浜吉田塩田が作られるなど製塩が盛んで、現在の市名も「煮塩(にしお)」が転じたものであると言われる。江戸時代は長らく松平氏の城下町として栄え、本町には豪商が軒を連ねる、岡崎、吉田(現豊橋)と並ぶ「三河三都」と呼ばれた。抹茶(西尾茶)の産地として知られ、古い町並みが残ることから「三河の小京都」とも呼ばれる。
139位 佐倉市 (千葉県) 16万人

千葉県北部、印旛沼南岸に位置する市。鎌倉時代、千葉氏の一族・臼井氏が印旛沼を見下ろす高台に城を構えた。江戸時代は佐倉城が築かれ幕府防衛の拠点となると、1746年に入封した堀田氏11万石の城下町、成田街道の宿場町として発展。佐倉藩は、西洋医学を奉じる日本初の医学塾である順天堂を招聘するなど進歩的な藩政で知られ、房総半島最大の藩として栄えた。明治の廃藩置県では一時佐倉県の県庁所在地となる。明治に廃城となった佐倉城跡には陸軍の基地が置かれていたが、戦後に公園となった後、1983年に国立歴史民俗博物館が開館した。近年はユーカリが丘地区での、民間主導の特色あるニュータウン開発が注目を集めている。
140位 小山市 (栃木県) 16万人

栃木県南部に位置する市。12世紀、小山政光が思川(おもいがわ)ほとりに祇園城(小山城)を築城したと伝わる。1590年に祇園城は廃城となったが、江戸時代は日光街道の宿場町、江戸に通じる思川水運の河港として栄えた。高度成長期に工業団地が形成され、県内有数の工業都市として発展。人口も現在まで増加傾向が続いている。東京都区部に通勤する住人の多い東京のベッドタウンでもあり、1982年の東北新幹線開通の際は市内の小山駅が停車駅となった。
141位 新座市 (埼玉県) 16万人

埼玉県南部に位置し、南で東京都練馬区や西東京市と接する。9世紀、奈良朝廷が朝鮮半島・新羅の僧などをこの地に住まわせ「新羅郡」と呼び、平安時代にこれを「新座(にいくら)郡」と改称したのが市名の由来。大和田地区は江戸時代、川越街道の宿場町として栄える。1955年、周辺自治体が合併し新座町となり、1970年に市制に移行した。南端を走る西武池袋線の駅は市内に置かれず、北端の東武東上線・志木駅も住所は新座市であるものの、駅名は隣の志木町(現志木市)に因むものだった。しかし1973年に北部にJR武蔵野線が通り、初めて市名を冠する鉄道駅(新座駅)が設置された。東京に近いため1960年代以降宅地化が進み、1960年に2万人弱だった人口は現在8倍ほどに増えている。
142位 磐田市 (静岡県) 16万人

静岡県南西部、浜松市の隣、天竜川東岸に位置する市。奈良時代は遠江(とおとうみ)国の国府があった。戦国時代に徳川家康が当地に城を作ろうと試みたが、井戸を掘ることができなかったため断念し、代わりに濱松(浜松)に城が作られたという経緯がある。これ以後当地は「見附」と呼ばれるようになり、東海道の宿場町として発展。また南の中泉地区には家康の陣屋が設けられた。1889年に東海道本線の磐田駅が作られると、中泉の市街化が進んだ。
143位 弘前市 (青森県) 16万人

青森県南西部、津軽平野南部に位置し南で秋田県に接する市。1611年、津軽藩2代目・津軽為信の代に、「鷹岡」と呼ばれた当地に城が築かれる。しかし1627年に落雷により城の大部を消失したことをきっかけに、為信が帰依する天海大僧正が名付けた「弘前」に地名が改められた。江戸時代、弘前藩10万石の城下町が形成される。明治の廃藩置県では当初「弘前県」の県庁所在地となったが、すぐに青森県となり、県庁所在地も青森に移された。地域の政治的中心としての地位を失い衰退していたが、1894年に青森市まで奥羽本線が開通し、1896年に陸軍第8師団司令部が置かれたことで活況を取り戻す。国内のりんご生産の2割を占めるりんごの一大産地。毎年8月に行われる弘前ねぷたまつりは国の重要無形民俗文化財である。
144位 帯広市 (北海道) 16万人

北海道南東部、十勝平野中央にある都市。地名はアイヌ語で「川尻が割けているもの」の意である「オ・ペレ・ペレ・ケプ」 に由来。その先頭の発音に、十勝平野の広さにちなんだ「広」をつけ「帯広」としたと言われる。縄文時代より人が住んでいた記録があり、アイヌ民族の精霊・コロポックルの伝承がある。本格的な開拓は1883年、北海道開墾を目的に作られた依田勉三ひきいる静岡県の移民団「晩成社」の入植に始まる。米ワシントンD.C.を参考に作られたという市街は、碁盤の目状の市街に一部斜め方向にも街路が走る。20世紀初頭に旭川から鉄道が開通すると、畑作の中心地・集散地として発展した。1933年に市制。1974年決定の「帯広の森」事業では、市街地をグリーンベルトで囲む100年計画が制定されている。
145位 高岡市 (富山県) 16万人

富山県北西部に位置し、富山湾に面する市。古くから中心地で、越中国の国府が置かれていた。国司として赴任していた歌人・大伴家持がこの地で多くの歌を残している。加賀藩初代藩主・前田利家は富山城に隠居していたが、富山城が焼失したため高岡城に移住。その後一国一城令により高岡城は廃城となったが、二代目利常が町の商工業化を推し進め、銅器や漆器などを多く産出するようになった。戦後は江戸時代より続く鋳物製造の技術を生かした、アルミニウムの加工生産で全国一を誇るようになった。高岡御車山祭の御車山行事は「山・鉾・屋台行事」の一つとしてユネスコの世界無形遺産に登録されている。
146位 秦野市 (神奈川県) 16万人

神奈川県西部、丹沢山地の南斜面とその南の秦野盆地に位置する市。市域の半分は山林が占める。11世紀、藤原秀郷の子孫・佐伯経範が当地に移り住み、「波多野(はたの)氏」を名乗る。古くから矢倉沢(やぐらさわ)往還の宿場町として賑わい、江戸時代後期には葉タバコの栽培が盛んとなった。その集散のための市である十日市場を中心に町も発展した。明治時代にタバコの専売が始まるとその製造工場が作られ、1969年に東名高速が開通すると各種工場が集まるようになり、産業都市として発展した。
147位 釧路市 (北海道) 16万人

北海道東部、太平洋に臨む都市。西側に飛び地がある。地名はアイヌ語で「喉」を意味する「クッチャロ」に由来する。17世紀、松前藩が漁場を開設し、「久寿里 (くすり)」 場所と称した。1869年に「釧路」に改称。1870年ごろから規模な入植が始まった。戦後、大洋、日水、日魯など大資本が進出すると、1950年代から1970年代にかけて、釧路港は世界最大の水揚げ量を有する北洋漁業の一大拠点として発展。その間、都市人口も二倍に増えた。また市東部に釧路炭田を有し、市内ではそのエネルギーを利用した製造業も発展した。炭田は現在も操業中だが、遠洋漁業と石炭利用の衰退に伴い1984年以降人口は減少に転じ、現在では釧路全域で過疎化が進んでいる。釧路湿原国立公園、阿寒摩周国立公園の2つの国立公園を有する。
148位 宇部市 (山口県) 16万人

山口県南西部に位置し、周防灘を望む市。9世紀、僧・行教が設けた行宮を起源とする琴崎八幡宮が建立される。10世紀、現市中央部に厚東(ことう)氏が根拠地を置いた。明治期以降、日本最大級の海底炭田の開発によって人口が急増。総合化学メーカー大手の宇部興産も、主要な海底炭田だった沖ノ山炭鉱を起源とする企業である。昭和期以降それらをエネルギー源として工業化が進み、石炭化学コンビナートが形成された。国内のエネルギー源の転換に伴い炭鉱は1967年に閉山。人口も1970年代にかけて一時減少した。県内初の国登録記念物(名勝地関係)であるときわ公園を中心とした公園都市として知られる。市南端の沿岸部に山口宇部空港がある。
149位 都城市 (宮崎県) 15万人

宮崎県南西部に位置し、南で鹿児島県に接する市。平安時代、荘園・島津荘として開発された地で、薩摩藩を支配した島津氏発祥の地である。現市域はもともと「都島(みやこじま)」と呼ばれていたが、中世に島津氏の支族・北郷氏が城(都之城)を作るにあたり、「都城」と改名した。13世紀、島津氏の中心地が鹿児島に移った後も都城は長らく薩摩藩島津氏に配下にあり、薩摩藩特有の外城(とじょう)制度により、武士は領内に散らばって居住した。薩摩との強い歴史的な結びつきにより、現在も方言(諸県弁)などに薩摩文化が残る。明治の廃藩置県では1年ほど都城県の県庁所在地となる。1909年に陸軍連帯が置かれると速やかに鉄道が整備された。2006年には旧・都城市ほか4町が合併して、新・都城市が誕生した。
150位 大垣市 (岐阜県) 15万人

岐阜県南西部、濃尾平野の北西部に位置する市。東と西に飛び地がある。市東に揖斐(いび)川が流れ、市内には堤防で囲われた輪中(わじゅう)地帯がある。8世紀に荘園・大井荘があった地で、駅路の不破駅が置かれていたと言われる。16世紀築城の大垣城は戦略的に重要な地で、関ヶ原の戦いでは一時、西軍の本拠地となった。伊勢湾に繋がる揖斐川の河港、美濃路の宿場町となり、江戸時代は戸田氏大垣藩10万石の城下町として栄えた。明治以降、岐阜市が岐阜県の県庁所在地となり、また地震や水害にも見舞われたため一時衰退。大正時代に工業都市として復活したが、第二次大戦では5度に渡り空襲の被害を受け、市街の大部分が消失した。戦後みたび工業都市として復興を果たし、大垣駅は県内鉄道の主要ターミナル駅となっている。
1ページ目 1位から25位 / 2ページ目 26位から50位 / 3ページ目 51位から100位
関連 : 世界の都市人口ランキングBEST100 / 世界都市圏別・人口密度ランキングTOP200 / 日本・人口密度の高い都市ランキングTOP300 / アメリカの都市・人口ランキングTOP25 / 中国の都市・人口ランキングTOP50 / イギリスの都市・人口ランキングTOP10 / フランスの都市・人口ランキングTOP10 / ドイツの都市・人口ランキングTOP10 / イタリアの都市・人口ランキングTOP10 / スペインの都市・人口ランキングTOP10 / 韓国の都市・人口ランキングTOP10 / インドの都市・人口ランキングTOP15 / ロシアの都市・人口ランキングTOP10 / カナダの都市・人口ランキングTOP10 / オーストラリアの都市・人口ランキングTOP10 / アフリカ大陸の都市・人口ランキングTOP30
関連 : 北海道・東北 北海道の都市・人口ランキングTOP10 / 青森県の都市・人口ランキングTOP10 / 岩手県の都市・人口ランキングTOP10 / 山形県の都市・人口ランキングTOP10 / 宮城県の都市・人口ランキングTOP10 / 秋田県の都市・人口ランキングTOP10 / 福島県の都市・人口ランキングTOP10 北陸 新潟県の都市・人口ランキングTOP10 / 富山県の都市・人口ランキングTOP10 / 石川県の都市・人口ランキングTOP10 / 福井県の都市・人口ランキングTOP10 甲信 山梨県の都市・人口ランキングTOP10 / 長野県の都市・人口ランキングTOP10 関東 茨城県の都市・人口ランキングTOP10 / 栃木県の都市・人口ランキングTOP10 / 群馬県の都市・人口ランキングTOP10 / 埼玉県の都市・人口ランキングTOP10 / 千葉県の都市・人口ランキングTOP10 / 東京都の都市(市区町村)・人口ランキングTOP50 / 神奈川県の都市・人口ランキングTOP10 東海 静岡県の都市・人口ランキングTOP10 / 愛知県の都市・人口ランキングTOP10 / 岐阜県の都市・人口ランキングTOP10 / 三重県の都市・人口ランキングTOP10 近畿 滋賀県の都市・人口ランキングTOP10 / 奈良県の都市・人口ランキングTOP10 / 和歌山県の都市・人口ランキングTOP10 / 大阪府の都市・人口ランキングTOP10 / 京都府の都市・人口ランキングTOP10 / 兵庫県の都市・人口ランキングTOP10 中国 岡山県の都市・人口ランキングTOP10 / 広島県の都市・人口ランキングTOP10 / 鳥取県の都市・人口ランキングTOP10 / 島根県の都市・人口ランキングTOP10 / 山口県の都市・人口ランキングTOP10 四国 香川県の都市・人口ランキングTOP10 / 愛媛県の都市・人口ランキングTOP10 / 徳島県の都市・人口ランキングTOP10 / 高知県の都市・人口ランキングTOP10 九州・沖縄 福岡県の都市・人口ランキングTOP10 / 佐賀県の都市・人口ランキングTOP10 / 大分県の都市・人口ランキングTOP10 / 長崎県の都市・人口ランキングTOP10 / 熊本県の都市・人口ランキングTOP10 / 宮崎県の都市・人口ランキングTOP10 / 鹿児島県の都市・人口ランキングTOP10 / 沖縄県の都市・人口ランキングTOP10