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51位 横須賀市 (神奈川県) 38万人

神奈川県南東部に位置し、三浦半島の南東部を占める市。東で東京湾、西で相模湾に面する。縄文遺跡が多く、古くから人が住んでいたと考えられる。東京湾の入口にあるため、1720年に伊豆・下田の奉行所が横須賀の浦賀に移されるなど、江戸防衛の拠点として整備された。1853年には浦賀にペリーが来航し、南の久里浜に上陸した。江戸末期、横須賀製鉄所(のち造船所と改称)が設立されると、1884年には東海鎮守府が横浜から移され、陸軍・東京湾要塞司令部も作られた。軍都として発展し、1907年には県内で二番目に市制に移行した。戦後、軍事施設は米軍と自衛隊に引き継がれたが、市の面積における米軍接収地の比率が高く、そのことが市発展の障害となっている。また標高は高くないものの山がちで平地が少なく、トンネルの多い交通網が特徴である。東京のベッドタウンとして発展し、長らく県内人口4位の座を守っていたが、1990年代半ば以降人口が減少。現在では藤沢市に抜かれ県内5位に転落している。


52位 一宮市 (愛知県) 37万人

愛知県北西、岐阜県と接し、西は木曽川と接する。尾張一宮真清田神社の鳥居前町として発展し、現市名もそれに由来している。江戸時代は岐阜街道、美濃街道の宿場町として栄えた。明治以降、東海道本線が当市を通過したことで、名古屋市のベッドタウンとして成長。人口は戦後から一貫して増え続けている。


53位 高崎市 (群馬県) 37万人

群馬県中南部に位置する市。東に飛び地がある。中心市街は古くは赤坂荘と呼ばれ、平安時代に和田氏が高崎城を築城。中世は鎌倉街道の宿場町として賑わい、1597年、徳川家康の命を受けた井伊直政が、廃城となっていた高崎城のあった地に新しい城を築いた。江戸時代以降は高崎藩の城下町となり、中山道と三国街道が交わる交通の要衝、また中山道有数の宿場町として栄えた。明治期、高崎城址に歩兵第15連隊が置かれる。高崎線、両毛線、信越本線、上越線、八高線などが通じる北関東最大の鉄道交通の要地であり、1982年には開業した上越新幹線の停車駅となった。県内有数の工業都市で、日本一のだるまの産地としても知られる。


54位 長野市 (長野県) 36万人

長野県北部、長野盆地中心に位置し、北で新潟県に接する同県の県庁所在地。県庁所在地としては日本で最も高地(標高370m)にある。7世紀、善光寺が現・飯田市から移され、門前町として発展。戦国時代には武田信玄と上杉謙信が北信濃の支配を巡って争った、川中島の戦いの舞台となる。江戸時代以降は、市場町、北国街道の宿場町として栄えた。第二次戦後、町の中心は善光寺前から南の長野駅前に移っている。1998年に冬季オリンピックが開催され、それに合わせその前年には長野新幹線(2015年に金沢まで延伸したため、現在は「北陸新幹線」と改称)が開通した。


55位 豊橋市 (愛知県) 36万人

愛知県南東部に位置する、太平洋に面する都市。古くは「飽海(あくみ)」、中世以降は「今橋(いまはし)」、「吉田」とよばれていた。明治時代に入り、豊川に架かっている橋から由来する「豊橋」に改名した。16世紀、豊川に臨んで今橋城(後の吉田城、豊橋城)が築城され、城下町が形成される。江戸時代は東海道の宿場町、港町としても栄えた。1906年市制移行。戦争末期の1945年、米軍の空爆を受け、町は壊滅的な被害を受けた。豊橋城は1871年に廃城になり跡地は公園となったが、現在では鉄(くろがね)やぐらが再建され、公園には市役所や美術館など市の公共施設が集まっている。うなぎの養殖が有名である。


56位 川越市 (埼玉県) 35万人

埼玉県中南部に位置する市。武蔵野台地北端に位置し、荒川と入間川が市内で合流する。平安時代は河越氏の地であり、15世紀、太田道灌により河越城が築城された。江戸幕府の北の要地として重視され、城主に松平信綱や柳沢吉保など譜代大名が配された。川越藩の城下町として川越街道や水路によって江戸と結ばれ、「小江戸」と呼ばれる関東随一の繁栄を見せた。廃藩置県後は入間県などの県庁所在地となり、1922年には県内で最初に市制に移行。戦後、急速にベッドタウンとしての開発が進んだ。川越商人らによって設立された川越鉄道は現在の西武鉄道のルーツの一つである。川越一番街は江戸の町並みを残す観光地として年間700万人ほどの観光客を集める。


57位 和歌山市 (和歌山県) 35万人

和歌山県北西部、紀伊水道に面する同県の県庁所在地。律令国家時代、木が多かったことから「木国(きのくに)」とされたとされる(諸説あり)。後に「紀伊国」と名を変え、現市内に国府が置かれた。中世は雑賀氏ら豪族が優勢となったが、1585年に豊臣秀吉が雑賀氏を滅ぼし、若山と呼ばれていたこの地に城を築いて「和歌山城」と命名した。江戸時代は徳川家康の十男・頼宣が入城し、紀州徳川家が治める紀州藩55万石の城下町として発展した。第二次大戦中の和歌山大空襲で市街の6割ほどが焼失し、和歌山城も破壊されたが、1958年に天守閣が再建された。戦後、繊維・製鉄・化学なの工場が進出し、和歌山北部臨海工業地域を形成を形成するも、近年は交通網が整備されたことによる大阪都市圏へのストロー現象が起き、1985年半ば以降人口の減少傾向が続いている。


58位 奈良市 (奈良県) 35万人

奈良県北部の奈良盆地に位置する、同県の県庁所在地。710年、元明天皇が藤原京からこの地に「平城京」として遷都し、日本の中心地となったことで歴史に名を現す。唐の都・長安を模して、東西4.3km、南北4.8kmの都城が築かれ、最盛期には20万人ほどの人口を擁した。784年に長岡京に遷都されると都は田畑に帰したが、寺社仏閣は残り、東大寺や興福寺、春日大社の門前町が「奈良町」として栄えた。「奈良」の名は、盆地の平らな地形から派生した「均(なら)す」の語が由来であると言われる。室町時代には墨や刀剣、扇子などの生産が盛んだったが、江戸時代中期には観光都市としての性格が強くなった。明治時代、廃仏毀釈運動などにより奈良町は一時停滞。廃藩置県で誕生した奈良県の県庁所在地となるが、その後奈良県は堺県と合併。さらに堺県ごと大阪府に編入されたが、1877年に奈良県として分離独立し、再び県庁所在地となった。天平文化の史跡旧跡が多く残り、「古都奈良の文化財」として8つの史跡・自然がユネスコの世界遺産に登録されている。現在では大阪のベッドタウンでもある。


59位 高槻市 (大阪府) 35万人

大阪市と京都市の中間に位置する市。市の東側を淀川が流れる。歴史は古く、今城塚古墳をはじめ多くの古墳が現存する。キリシタン大名・高山右近の拠点だったため、日本初のキリストの復活祭も営まれている。江戸時代は永井氏の城下町となり、西国街道の宿場町である芥川や寺内町の富田などが栄えた。1876年の東海道本線、1928年の新京阪鉄道(現・阪急京都線)の開通などによって宅地化が進んだ。


60位 大津市 (滋賀県) 34万人

滋賀県南西部に位置する同県の県庁所在地。琵琶湖を望むこの地に667年、天智天皇が近江大津京を造営したことに歴史が始まる。中心市街の大津は園城寺(三井寺)の門前町、琵琶湖水運の港町、京都の東の玄関口、東海道の宿場町として栄えた。戦国時代に琵琶湖湖畔に水城の大津城が築城される。江戸時代、徳川家康は大津城を廃城とし、東海道の守りの要所として、大津城から南東の琵琶湖畔に膳所城を作らせた。戸田一西(かずあき)が3万石で入城し、膳所藩が成立。城下町も新たに作られた。近年は京都のベッドタウンとして発展。京都市とまたがる比叡山延暦寺は、世界遺産に登録されている。


61位 所沢市 (埼玉県) 34万人

埼玉県南部に位置し、東京都に接する市。古くは「野老沢(ところざわ)」と書いた。平安時代末期、武蔵七党の一派、村山党が定着。鎌倉時代には鎌倉街道の上道、堀兼道、羽根倉道の交点となり栄えた。そのため多くの合戦の地となり、特に新田義貞が北条軍を破った小手指の戦いは有名。江戸時代に三富(さんとめ)新田が開発される。1910年には日本初の飛行場である所沢陸軍飛行場が作られ、戦後は米軍基地となった。1971年、基地の6割ほどが日本に返還され、跡地が所沢航空記念公園などになったが、残りの土地は現在も米軍が使用している。南西部に狭山湖、多摩湖などの景勝地があり、狭山湖東部では西武園ゆうえんちや西武球場(現・ベルーナドーム)など、西武グループによる開発が行われている。


62位 越谷市 (埼玉県) 34万人

埼玉県南東部に位置する市。元荒川、中川、綾瀬川、古利根川、新方川、逆川など多くの川が流れ、中心地の越谷は元荒川の自然堤防の上にできた市街である。江戸時代は奥州街道、日光街道の宿場街として栄え、また米どころとして有名であった。明治以降も田園地帯であったが1960年代、東武伊勢崎線に営団地下鉄日比谷線が直通するとベッドタウンとして急速に発展。1970年代には東西を貫くJR武蔵野線も開通し、県庁所在地だった浦和市との交通が改善した。2000年代には都内から半蔵門線も直通している。都市化とそれに伴う田園の消滅により、中川、綾瀬川、元荒川の治水機能が低下していたため、1990年代半ばより調整池を造成し周辺にニュータウン(越谷レイクタウン)を建設。2008年には地区内に日本最大のショッピングモール、イオンレイクタウンが開業した。


63位 前橋市 (群馬県) 32万人

群馬県南部に位置する同県の県庁所在地。上野(こうずけ)国の国府があった地であるとされ、古くから地域の中心地だった。街道に掛けられた橋の名から「厩橋」と表記され、「まやばし」、「うまやばし」と呼ばれていた。1590年、徳川家康の家臣・平岩親吉が厩橋城に転封され、江戸時代には酒井氏が当地を支配。厩橋藩3万3千石の城下町として整備され、江戸時代後期に地名が「前橋」に改められたとされる。江戸時代より製糸業が盛んで、1870年に日本最初の機械製糸工場も建設された。明治の廃藩置県で群馬県の県庁所在地となり、庁舎は前橋城址に置かれた。長年、県内一の人口を有していたが、2006年、高崎市が榛名町を合併したことで人口が増加したため、県内最大都市の座を高崎市に譲った。


64位 いわき市 (福島県) 32万人

福島県浜通り南部に位置し、南で茨城県で接する市。東で太平洋に面し、60kmにわたる海岸線を持つ。宮城県仙台市に次ぐ、東北第二の人口を擁する都市である。福島県最大面積を誇る自治体だが市内は山がちで、それぞれの市街地は連続していない。古代は北部が岩城国造、南部が道奥菊多国造の領地で、中世は岩城氏の地だった。明治の廃藩置県で平県、磐前県を経て1876年に福島県に入っものの、歴史的に福島県の他地域よりも陸前浜街道を通じた茨城県との交流が多かった。1870年代より東京に最も近い炭鉱として常磐炭田の開発が始まった。隣接する日立鉱山とともに、日本近代化のエネルギー源となったが、戦後石炭需要が急激に衰退。1962年に制定された「新産業都市」認定を受けるため、平市、勿来(なこそ)市、常磐市、磐城(いわき)市ほか14市町村が合併していわき市が誕生。当時は日本最大の面積を有する自治体であった(現在は国内15位)。また1966年に「常磐ハワイアンセンター(現・スパリゾートハワイアンズ)」が開業し、炭鉱に変わる新たな産業の模索が続いた。常磐炭田は1976年に全面閉山。2011年に起きた東日本大震災では、市内は津波や土砂災害で死者数400名を超える甚大な被害に遭い、市中心部から北20kmに位置する福島第一原子力発電所の事故により、市北部が屋内退避区域に指定された。現在、沿岸部で防潮堤建設が進み、防潮堤がサイクリングロードになるなど復興が進んでいる。


65位 旭川市 (北海道) 32万人

北海道中央部の石狩川、牛朱別川、忠別川、美瑛川が合流する盆地に位置する都市。盆地のため、夏と冬の気温の寒暖差は50度にもなる。地名の由来については、忠別川の語源であるアイヌ語の「チュッペベツ」(「波川」の意)を、アイヌ語で同音で発音する「日川」の意味に誤解したという説や、戦前の大日本帝国の象徴「旭」と意味をかけ合わせたとする説などがある。縄文時代より人々が住み、アイヌの聖地である景勝地の「神居古潭(カムイコタン)」の遺跡が今に残る。19世紀末に屯田兵村が置かれ、20世紀初めに札幌から第7師団が移設されると、軍都として発展した。戦後周辺自治体を併合し、1980年代半ばまで人口が右肩上がりで増え続けたが、近年は中心市街地のドーナツ化現象が見られる。JR函館本線、宗谷本線、石北本線、富良野線が乗り入れ、高速道路が整備されるなど道内交通の要衝。


66位 郡山市 (福島県) 32万人

福島県中通り中部に位置する市。8世紀、石背国の郡衙(役所)が置かれた地で、地名もそれに由来する。中世は諸大名が割拠したが、江戸時代は二本松城(二本松市)に丹羽氏が入封し、この一帯を支配した。奥州街道の宿場町として栄え、郡山盆地の中心地となる。もともと降水量が少なく水利の悪い土地だったが、明治時代、西の猪苗代湖から安積(あさか)疏水を開削したことで新田開発が進み、日本有数の穀倉地帯となった。19世紀末には疎水を利用した水力発電所を建設。そのエネルギーを利用した工場が多く集まるようになり、戦前には軍需産業が栄えた。そのため第二次大戦中は米軍の標的となり、たびたび空襲に遭っている。1982年に東北新幹線が開業。


67位 高知市 (高知県) 32万人

高知県中央部、太平洋を臨む高知県の県庁所在地。高知県の人口の半数近くが住んでいる。現在の市街は市の中心を流れる鏡川の沖積地で、かつては小島が浮かぶ湾だったが、近世ごろから川からの堆積物で徐々に陸地化していった。1588年、長宗我部元親が現在の高知城がある大高坂(おおたかさ)山に城を築いたのが町の始まり。1601年に山内一豊が入府すると同じ場所に新たに城を作り直し、江戸時代を通じて土佐藩の城下町として発展した。城名は「河中」、「河内」、「高智」と書きいずれも「こうち」と読んだが、それが転じて「高知」と書かれるようになる。町は高知城を中心として東西に細長く形成され、市南部の土佐湾に面する景勝地・桂浜には現・高知市生まれの坂本龍馬の像と記念館がある。長宗我部元親が一時桂浜に浦戸城を作り、土佐の中心地となったこともあった。現在高知市は2005年をピークに人口が減少している。


68位 那覇市 (沖縄県) 31万人

沖縄本島南西にある沖縄県の県庁所在地。中心市街地の東の丘に、かつての琉球王国の首府である首里城がある。当時、現在の中心部は島であったが、15世紀中頃に首里と島が堤道でつながれたことで、首里の外港として発展。那覇四町(よまち)と呼ばれる市街地が形成された。17世紀以降薩摩藩の支配に下り、明治期以降沖縄県の県庁所在地になった。第二次大戦で壊滅的な被害を受け、終戦直後は中心市街地が米軍に接収された。しかし、1945年11月ごろから一部の職人の居住が許されると、それに紛れるように次々と人々が中心街に戻り、闇市などが拡大していった。1949年にアメリカ民政府が知念村から那覇へ移され再び琉球の中心地となると、目抜き通りの国際通りが栄えるようになった。1972年の沖縄の日本返還により、再び沖縄県の県庁所在地となる。現在では毎年内外から1000万人ほど訪れる沖縄観光の中心地であり、第三次産業経済は那覇経済全体の8割を占める。九州・沖縄サミットが開かれた2000年に首里城が世界遺産に登録され、2003年には市内に沖縄都市モノレールが開通した。


69位 春日井市 (愛知県) 30万人

愛知県北西部に位置する、名古屋市と接する市。遺跡が多く、6世紀ごろに作られた二子山古墳は国の史跡。1943年に陸軍工廠が作られてから兵器生産の拠点となり、町も発展した。それと同時に周辺の町村を合併して春日井市が成立。戦後、陸軍工廠の廃止によって人口は伸び悩んだが、1968年、当時日本最大規模の高蔵寺ニュータウンが建設され人口が急増した。名古屋市のベッドタウンとして人口は微増傾向が続いている。


70位 明石市 (兵庫県) 30万人

兵庫県南部に位置し、神戸市に接する市。南は明石海峡を隔てて淡路島を望み、播磨灘に沿って東西に細長い市域を形成する。『播磨風土記』に「赤石(あかし)」と記され、『源氏物語』では「明石」と書かれる。その由来は赤みがかった土「赤磯(あかし)」によるとする説がある。西国街道と四国街道の分岐点にあたる交通の要地で、江戸初期に明石城が築城され小笠原氏10万石の城下町となった。明治期以降工業都市化が進むが、第二次大戦では米軍の空爆の標的となり、市域の8割が消失した。1972年に山陽新幹線が開通。市内には日本標準時の基準となっている東経135渡の子午線が通過している。


71位 四日市市 (三重県) 30万人

三重県北部に位置し、伊勢湾に面する市。室町時代には4のつく日に市が立つようになっていたという。江戸時代は東海道の宿場町・桑名宿を経て熱田神宮門前の宮宿へ至る海上路の港としても賑わった。明治の廃藩置県では一時三重県の県庁所在地となる。鉄道路線から外れたため一時衰退するが、1888年に関西鉄道(現・JR関西本線)が敷かれ、1899年には四日市港が開場港となると、工業化が進んだ。戦後も大規模な石油化学コンビナートが作られたが、大気汚染が進み、四日市ぜんそくなど公害問題が深刻化した。大手流通企業であるイオングループは、江戸商人の四日市岡田家から発展したものである。


72位 秋田市 (秋田県) 30万人

秋田県西部に位置し、日本海を望む同県の県庁所在地。将軍・阿倍比羅夫が7世紀に東北で蝦夷を征伐した際に、当地の名が「齶田(あぎた)」、「飽田(あくた)」として「日本書紀」に残っている。8世紀、城柵・秋田城が築城され、出羽国の国府が置かれた。当時、土崎(つちざき)の湊(現・秋田港周辺)に、中国大陸から満州ツングース系民族の渤海国の使節が訪れ、交流が行われていたと言われる。16世紀、土崎港に湊(みなと)城を築いて本拠とした安藤実季(さねすえ)が支配し「秋田氏」を名乗る。江戸時代、佐竹氏が常陸国から転封となり、現・秋田駅近くに久保田城(現・千秋公園周辺)を築城。現市街の原型となる久保田(秋田)藩の城下町が形成された。また土崎港は北前船の寄港地として栄える。20世紀はじめより市内の八橋油田はじめ油田が整備され、秋田市は日本有数の石油産出地域となったが、1960年代以降その量は減少している。秋田(土崎)港には石油の製油所が立ち並んでいたため、戦時中は米軍の空爆の標的となった。1997年、在来線を利用するミニ新幹線である秋田新幹線が盛岡から開通。毎年8月に行われる秋田竿燈(かんとう)まつりは、青森のねぶた祭、仙台の七夕祭とともに東北三大祭りの一つである。


73位 久留米市 (福岡県) 30万人

福岡県南部、筑後平野に位置する内陸都市。市中央を東西に筑後川が流れる。市名は、「玖留目(くるめ)神」に由来するというもの、渡来人の氏族名「呉部(くりべ)」に由来するというものなど諸説あるが、「久留米」の名は室町時代の文献から見られる。7世紀ごろ成立した筑後国の国分寺が置かれ、その中心として栄えた。1620年、福知山から入府した有馬氏によって21万石の城下町となり、久留米商人の根拠地として発展。廃藩置県では久留米県、後の三潴県の県庁所在地となったが、1876年に福岡県に移管されたことで県中心地の座を降りた。19世紀末頃から第12師団・第18師団の駐屯地となり、軍都となった。一方1922年以来、足袋生産から発展したゴム工業も成長。日本ゴム、ブリヂストンタイヤ、月星化成などの創業の地であり、現在でも日本一のゴム工業都市として知られている。長らく独自の経済圏を形成していたが、近年では福岡市のベッドタウンとしての性格が強まっている。


74位 茨木市 (大阪府) 28万人

大阪府北部に位置する都市。北部は北摂山地の斜面、南部は安威川、茨木川が流れる平地である。継体天皇陵や阿武山古墳など史跡が多い。江戸時代は片桐氏の城下町で、西国街道沿いの宿場町としても栄えた。明治から昭和にかけて、東海道本線、新京阪鉄道(現・阪急京都線)が開通すると、工業団地が形成され、大阪市の衛星都市となった。1948年に茨木町、三島村、春日村、玉節村が合併して市制に移行。1970年にとなりの吹田市の現・万博記念公園で万博が開催され、茨木市内でも国鉄茨木駅、阪急茨木市駅周辺が整備された。今も市の人口は増加傾向にある。


75位 盛岡市 (岩手県) 28万人

岩手県のほぼ中央に位置する、同県の県庁所在地。中心市街は北上川と雫石川、中津川が合流する地点にある。平安時代、城柵である志波城が置かれた。16末世紀、陸奥国北部を本拠としていた南部氏が、「不来方(こずかた)」と呼ばれていた当地に城を築く。このころ地名も「盛り上がり栄える岡」を意味する「盛岡」に改名され、城も「盛岡城」と命名された。江戸時代は盛岡藩20万石の城下町として栄える。伝統工芸として知られる南部鉄器の製造が始まり、歴代藩主の庇護の下、生産が続いた。1871年に岩手県の県庁所在地となり、以来岩手県の政治経済の中心地である。1977年に東北自動車道が盛岡まで開通。1982年に大宮駅から盛岡駅まで東北新幹線が開通。1997年には秋田新幹線が開業し、盛岡駅はその分岐点となった。


76位 福島市 (福島県) 27万人

福島県中通り北部に位置する県庁所在地。福島盆地の西半分を占め、北に信夫山(しのぶやま)を望む。鎌倉時代、現市街中心部南に大森城が築城され、戦国時代は伊達氏の居城となる。1591年に客将の木村吉清が居城を大森城から、(15世紀ごろに建造されていたとされる)杉妻(すぎのめ)城に移し、縁起を担いで杉妻城を「福島」城と改名。以降、当地は「福島」と呼ばれるようになり、福島城は政治の中心地となった。福島城址には現在も県庁などが置かれている。阿武隈川の水運、奥州街道や米沢街道などが交わる交通の要衝となり、江戸時代は福島藩本多家、堀田家、板倉家ら3万石の城下町として発展。福島藩は現・福島県内では会津藩に次ぐ石高を誇った。ちなみに市内は福島藩領のほか、幕領や二本松藩領などに分割統治されていた。明治以降は1876年に福島県県庁が、1899年には東北初の日本銀行の支店が設置される。養蚕業で栄え、大正期は製糸工場が進出。第二次大戦中は疎開してきた工場が多く作られ、戦後もそれが福島市の産業発展の基盤となった。1982年に福島駅に東北新幹線が開業。1992年には山形新幹線との乗換駅となる。2011年の東日本大震災では、市内は死者13人、住家全壊204棟・半壊3980棟の甚大な被害を受けた。


77位 津市 (三重県) 27万人

三重県中部に位置し伊勢湾を望み、西で奈良県に接する市。同県の県庁所在地。2006年、旧・津市と1市6町2村が合併して新・津市が誕生した。この合併により、県内で最大の面積を擁する自治体となった。古くは「安濃津(あのつ)」とよばれた地で、日本三津の一つに数えらるなど伊勢国の中心地の一つだった。室町時代、細野藤敦により津城が築城され、江戸時代は津藩藤堂氏の城下町、伊勢参宮街道の宿場町として栄えた。明治の廃藩置県では一時、安濃津県(のち「三重県」と改称)の県庁所在地となり、1876年に合併して拡大した現在に続く新・三重県の県庁所在地となった。1889年には全国で最初に市制に移行した31市の一つとなる。戦前は繊維工業、戦後は重工業が主産業となったが、製造品出荷額は県内自治体中5位と、人口と比して工業はあまり盛んではない。


78位 水戸市 (茨城県) 26万人

茨城県中央部に位置する同県の県庁所在地。地名の由来は、中心市街の偕楽園にある千波湖から那珂川に通じる水路あたりを「水門(みなと)」と読んでいたことに由来する。古代、仲(那珂)国の中心地だった。鎌倉時代、大掾資幹(だいじょうすけもと)が水戸城を築城。のち江戸氏が支配し、常陸国の国府である石岡以上に水戸が中心地として整備された。江戸時代は徳川家康の第11子・頼房が水戸に転封し、徳川御三家の一つ、水戸徳川家水戸藩35万石の城下町となった。2代光圀が城下町を整備し、『大日本史』編纂に始まる水戸学を開学。9代斉昭が日本三大名園の一つ・偕楽園や藩校・弘道館を整え、水戸学を発展させた。明治の廃藩置県で県庁所在地となる。1906年、光圀が始めた大日本史の編纂が完了。第二次大戦後も県の中心地として人口増加を続けている。


79位 青森市 (青森県) 26万人

青森県中央部、青森湾に臨み八甲田山を南東に控える、青森県の県庁所在地。市内にある三内丸山遺跡が有名なように、縄文時代から集落が築かれていた。古くは善知鳥(うとう)村と呼ばれた漁村だったが、室町時代より浪岡城、横内城が築かれ、戦国時代には津軽(大内)為信がこの地域を領有した。1611年、2代目の津軽信枚 (のぶひら)は、弘前で城と城下町の建設を終えると1624年、江戸へ米を輸送する海路を作るため善知鳥村に港を開いた。港に入る船が目印にしていた松の茂った小丘が「青森」と呼ばれていたが、それが地名となる。当時は転じて「青盛」とも書かれていたという。 港を中心に町が発達し、明治の廃藩置県後は青森県の県庁所在地となる。1873年に北海道・函館との間に定期船が開通、1891年に東京・上野駅まで東北本線が通じ、1908年には青森駅と函館駅を結ぶ鉄道連絡船である青函連絡船が運行を開始した。第二次大戦では市街の9割が消失した。戦後も交通の整備は続き、1965年に青森空港が開港、1986年には東北自動車道が埼玉・浦和まで全通、1988年には難工事の末、青函トンネルが完成した。2010年に新青森駅まで伸びた東北新幹線は2016年、青函トンネルを通じて北海道・新函館北斗駅まで延伸した。浅虫温泉、酸ヶ湯(すかゆ)温泉、田代温泉など温泉が豊富で、8月に行われるねぶた祭りは東北三大祭りの一つ。


80位 市原市 (千葉県) 26万人

千葉県中西部に位置し東京湾に面する、千葉県最大の面積を有する自治体。奈良時代に上総国の国府が置かれた地で、近世は木更津街道の宿場町だった。1871年の廃藩置県で市内は菊間県、鶴牧県、鶴舞県、木更津県の一部となった後、1873年に成立した千葉県に組み込まれた。長らく農漁村であったが、戦後の高度成長期に沿岸部を埋め立てて重化学工業の工場や石油化学コンビナートが建設されると、現在では愛知県豊田市に次ぐ日本2位の製造品出荷額を誇る工業都市となった。内陸部は自然が豊かで、養老渓谷が観光地として知られるほか、ゴルフ場の数が日本で最も多い自治体である。


81位 府中市 (東京都) 26万人

東京都中南部に位置し、南で多摩川に接する市。市域はほとんどが武蔵野台地に属する。武蔵国の国府(大國魂神社付近)が置かれた古くからの中心地であり、市名もそのことに由来する。鎌倉時代は鎌倉から鎌倉街道上道が整備された。江戸時代は府中宿が、甲州街道と鎌倉街道が交差する主要な宿場町、市場町として栄えた。1893年に東京府に組み込まれる。1916年に京王電気軌道が開通し、1923年に日本初の公園墓地・多磨霊園(小金井市に跨る)が開園、1933年には東京競馬場が目黒から移転した。第二次大戦前後に軍施設(府中基地)や工場が相次いで作られ、特に東芝府中事業所は府中市のランドマーク的存在となり、1961年、事業所の地名も「東芝町」となった。隣には1935年に巣鴨から移転した日本最大の刑務所・府中刑務所がある。基地や工場跡などを利用した公園・文化施設も多く、都心のベッドタウンとして戦後一貫して人口増加を続けている。府中駅前のケヤキ並木通りは国指定の天然記念物。本来同名市は避けられる方針であるが、1954年、広島県府中市とほぼ同時に市名申請がされたため「府中市」が国内に2つ存在している。


82位 長岡市 (新潟県) 26万人

新潟県中部に位置する市。もともと内陸市であったが、2006年に沿岸の寺泊町、和島村を編入したことにより日本海に面する都市となり、2010年には川口町を編入したことで南に飛び地もできた。13-14世紀頃、信濃川右岸の川べりにつくられた蔵王堂城の城下町として始まったが、17世紀、水害の危険が少ない内陸(現在の長岡駅周辺)に長岡城が作られ、長岡藩の城下町、信濃川水運の中継地として発展した。幕末の戊辰戦争では幕府側として戦い城下町が破壊されたが、19世紀末ごろから東山油田(1997年閉鎖)の採掘に成功し、街の活気を取り戻した。第二次大戦末期には長岡空襲に遭っている。世界有数の豪雪地帯で2mの積雪を記録することもしばしばあったが、1963年に「無雪都市」を宣言。市内に消雪パイプを張り巡らせ、頑丈なアーケード(雁木)を整備していった。1978年に関越自動車道の長岡ICが開設され、1982年には長岡駅に上越新幹線が開通。米作、醸造も盛んである。


83位 八尾市 (大阪府) 26万人

大阪府中央東部に位置し、大阪市と接する市。西は大阪平野、東は生駒山地の斜面であり、金剛生駒紀泉国定公園に属する。南部には自衛隊と民間小型機両用の八尾空港がある。街の歴史は古く、弥生式遺跡や横穴古墳群の遺跡、聖徳太子ゆかりの大聖勝軍寺、心合寺山古墳など史跡が多い。市街は15世紀創建の顕証寺の寺内町である久宝寺と、17世紀創建の大信寺の寺内町である八尾が古くからの中心地。19世紀末、大阪鉄道(現・JR関西本線)が通じ、工業化が進展した。他にもおおさか東線、近鉄大阪線、大阪市営地下鉄谷町線、近畿自動車道などが通るなど交通の便が良く、大阪市のベッドタウンとして宅地化が進んだ。


84位 福井市 (福井県) 25万人

福井県中部に位置し日本海に面する、同県の県庁所在地。戦国時代、現・中心市街から南東10kmほどの山間に、朝倉氏が一乗谷城を作る。朝倉氏没落後に入封した柴田勝家が1575年、より水運に優れた現・中心市街にあたる北ノ庄に城を構えたため、一乗谷城は朽ち果てた(現・一乗谷朝倉氏遺跡)。1600年、城が現・県庁の位置に移される。江戸時代以降、北ノ庄は「福居」、「福井」と名前を変え、松平氏68万石の大城下町として栄えた。明治の廃藩置県で県庁所在地となるも、1945年の空襲、1948年の福井地震と大洪水により、市街は壊滅的な被害を被った。現在、福井駅西口を中心に大規模な再開発が行われ、2023年には北陸新幹線が金沢駅から延伸する予定である。


85位 加古川市 (兵庫県) 25万人

兵庫県南部にある市。589年、聖徳太子が加古川左岸に鶴林寺を創建し、古くから門前町が形成された。奈良時代には西国街道の宿場町としてにぎわう。8世紀、孝謙天皇の勅願所として宗佐厄神八幡神社が創建された。明治期以降は日本毛織(現・ニッケ)創業の地となるなど毛織物業で有名な地となる。1960年代に入り沿岸部で大規模な埋立てが行われ、神戸製鋼などが進出。それに伴い住宅地域も急速に拡大し、1970年代には日本一人口増加率の高い自治体となったこともある。現在、人口密集地の南部では人口が増加しているのに対し、農村地域の北部での人口減少が続いている。


86位 平塚市 (神奈川県) 25万人

神奈川県中南部に位置し、相模湾に臨む湘南地域の都市。古くからの水田化が進んだ地域として知られる。江戸時代より東海道の宿場町として発展。第二次世界大戦中は、京浜工業地帯からの工場の疎開地として軍需産業が発展。現在も戦前の工場を基盤として工業地帯が広がっている。終戦間際の1945年7月16日には平塚大空襲に遭遇。その復興祭が発展した「平塚七夕まつり」は平塚名物として知られている。横浜、東京のベッドタウンだが、酪農などの近郊農業も盛んである。


87位 つくば市 (茨城県) 25万人

茨城県南西部に位置する市。市北部に筑波山が聳える。平安時代、多気(たけ)氏が城を構えたと言われる。14世紀には小田氏によって城が築かれ、江戸時代は細川氏が治めた。長らく農村だったが、1963年、首都圏の人口過密への対策、首都機能移転の一環として、現在のつくば市域での「筑波研究学園都市」建設が決定。1985年に「EXPO’85国際科学技術博覧会」が開催されると新都市建設が加速し、現在では2860haの土地に国の研究機関の約3割、および民間研究機関約150社が集まる日本最大の研究学園都市に成長した。1987年に3町1村が合併してつくば市が誕生。約1万3000人の研究者が住み、海外の研究者や留学生も多いため、人口の約3.5%が外国籍の住民である。1970年以降人口も増加を続け、2005年にはつくばエクスプレスが開業。東京・秋葉原より最速45分で結ばれた。


88位 徳島市 (徳島県) 24万人

徳島県北東部に位置し、紀伊水道に臨む同県の県庁所在地。吉野川を中心に市内には138もの川が流れる、三角州の多い町である。「徳島」の名も江戸時代以降、島に「徳」の美称が付けられて呼ばれていたもので、明治に入り自治体の正式名称となった。室町時代、細川頼之が現在の徳島駅前の小高い山に城を築き、中国黄河の支流・渭水(いすい)の風光に例えて、当地を「渭津(いのつ)」、山を「渭山(いのやま)」と呼んだ。1585年、蜂須賀(はちすか)氏が阿波国に入国し、江戸時代は徳島藩蜂須賀氏25万7千石の城下町として栄えた。明治以降、綿織物や箪笥の生産などの産業が興る。第二次大戦末期には米軍の空襲により市の6割を焼失。高度経済成長期、臨海部で工業化が進んだ。毎年8月には江戸時代より続く「阿波おどり」が開催され、国内外から多くの観光客を集める。


89位 草加市 (埼玉県) 24万人

埼玉県南東部に位置し、南で東京都足立区と接する市。古くから穀倉地帯であり、名物の「草加せんべい」も豊富なくず米を使用している。江戸時代は奥州街道の宿場町として栄えた。1963年、当時東洋最大と言われた松原団地が完成。1966年に営団地下鉄日比谷線が市内を走る東武伊勢崎線に直通したことにより、人口が急増。東京のベッドタウンとして、1970年代にかけて4倍ほどの人口増加を記録した。


90位 下関市 (山口県) 24万人

山口県西端に位置し、関門海峡を挟んで九州を望む市。弥生時代の遺跡が残るなど古くから集落が形成され、3世紀頃、仲哀天皇が穴門豊浦宮を創建したと伝わる。律令国家時代は長門国の国府が置かれる。1185年の壇ノ浦の戦いの地であり、鎌倉時代には長門探題が置かれた。古くから下関港周辺は、「赤間関」(読みは「あかまがせき」等)と呼ばれ、1889年に山口県内で初めて市制に移行した際も「赤間関市」と命名された(1902年に「下関市」に改名)。本州西端の玄関口、瀬戸内海水運の入口として古くから栄え、幕末には長州藩とイギリス・フランス・オランダ・アメリカが衝突した下関戦争が起こった。日清戦争(1894年-1895年)後の講和条約も下関で開かれ、下関条約が締結。イギリス領事館が置かれるなど、数々の歴史の舞台となっている。1901年に山陽本線が馬関駅(現・下関駅)まで開通。1905年には朝鮮半島の釜山との間に連絡船が就航するなど、水陸交通の要衝として発展したが、1942年の山陽本線・関門鉄道トンネル、1958年の関門国道トンネルが現・福岡県北九州市との間に開通すると、本州の玄関口としての役割は薄まった。交通の整備は進み、1973年には関門橋(高速道路)が、1975年には山陽新幹線用のトンネルが北九州市との間に開通し、これに伴い山陽新幹線の岡山-博多間が開業。市内の新下関駅も新幹線停車駅となった。対岸の北九州市との経済的・文化的繋がりは強く、両市合わせて「関門都市圏」などと呼ばれることもある。


91位 函館市 (北海道) 24万人

北海道南西部、亀田半島に位置する、津軽海峡に臨む都市。1858年に欧米列強と締結した不平等条約・安政五ヵ国条約により開港。当時は「箱館」と書き、1869年に現在の「函館」と改称した。しばらく道内唯一の商港として発展し、20世紀に入ってからは青函連絡船の港として本州からの玄関口となった。1922年市制施行。北洋漁業の拠点として発展したが、1970年代後半に世界的に200海里水域制限が導入されるに伴い、漁場が狭まっために漁業は低迷。また、1988年の青函トンネルの開通によって青函連絡船が廃止されるなど、1980年代以降、市の人口は減少傾向である。明治の開港地として、洋館や外国人墓地など異国情緒ある街並みが残り、北部には特別史跡の五稜郭跡、東部には恵山道立自然公園が広がるなど、多くの観光資源を有する。2016年、新幹線が本州から乗り入れ、隣の北斗市に北海道新幹線・新函館北斗駅が開場した。市の突端・亀田半島からわずかに突き出た陸繋島の函館山から見た市街の夜景が有名である。


92位 山形市 (山形県) 24万人

山形県東部に位置する同県の県庁所在地で、東で宮城県仙台市や川崎町に接する市。古くは駅制の「最上駅」があった地で、1357年、出羽国の按察使(あぜち)に任ぜられた斯波(しば)兼頼が山形城を築城。城下町および羽州街道、六十里越街道、笹谷街道が交わる宿場町として栄えた。江戸時代、最上義光が山形城を改築して奥羽地方最大の城に拡大させ、城下町も整備。義光は商業も奨励し、山形は出羽国57万石の本拠地として栄えた。しかし1622年、お家騒動により最上氏が改易された後は多くの大名が入れ替わり統治し、江戸末期には石高は5万石まで減少していた。明治期の廃藩置県で山形県の県庁所在地となり、廃れていた山形城は取り壊され、歩兵三十二連隊の兵営地となった。古くから鋳物製造が盛んで、市南東の蔵王山にある温泉やスキー場は有名。1992年には在来線を利用した山形新幹線が開通し、福島を通じて首都圏と直通した。


93位 調布市 (東京都) 24万人

東京都中南部に位置し、南で多摩川を挟んで神奈川県川崎市に接する市。市域の大部分は武蔵野台地に属する。この地域が、大化の改新によって定められた租税(租庸調)の内、麻の布を調として収めていたことが地名の由来。市内にも布にまつわる地名が多い。観光地として有名な深大寺は8世紀創建の東京を代表する古刹で、三蔵法師玄奘を守護した水神「深大寺王」を祀っている。武蔵国多摩郡に属し、16世紀、上杉朝定が深大寺城を構えた。江戸時代、中心地の布田が甲州街道の宿場町となる。1893年に東京府に編入。1913年に京王線が開通すると、都心のベッドタウンとして人口が増加した。1941年に調布飛行場が開設され、戦後は1954年まで米軍に接収されていた。戦前より映画撮影所が多く作られ、映画産業の全盛期は「東洋のハリウッド」とも呼ばれた。現在も角川大映スタジオをはじめ、多くの撮影スタジオが集まっている。


94位 茅ヶ崎市 (神奈川県) 24万人

神奈川県の中南部、湘南地域に位置する市。西で平塚市、東で藤沢市に挟まれている。市北部は相模原台地の南端で、台地上には縄文遺跡が多く残る。江戸時代、南湖は東海道の宿場町として、柳島は港として栄え、19世紀末に東海道本線・茅ヶ崎駅が開設されると、沿岸部が別荘地として発展した。戦時中は工場の疎開地となり、戦後は首都圏整備法による工業開発地域に指定されて発展した。1898年開場の茅ヶ崎海水浴場(現在は同市に由来のあるサザン・オールスターズにちなみ「サザンビーチちがさき」に改称)は多くの海水浴客で賑わう。


95位 富士市 (静岡県) 24万人

静岡県東部に位置する市。富士山頂から富士山麓を抜けて駿河湾までが市域である。吉原地区は中世以来宿場町として発展。江戸時代より富士山麓の豊かな湧水を利用した製紙業が栄え、現在も多くの製紙工場が集中している。1961年に砂浜を彫り込んだ人工の田子の浦港が開港。沿岸の工業地帯は発展したが、そのころから1970年代にかけて、製紙工場からの排水によるヘドロ汚染公害が問題となった。1966年に旧富士市、吉原市、鷹岡町が合併して現在の富士市が誕生。1988年に東海道新幹線・新富士駅が開業した。


96位 大和市 (神奈川県) 24万人

神奈川県中部に位置する南北に細長い市。東で横浜市、北で東京町田市に接する。市名は「大きく和する」の意。戦国時代は小田原北条氏の支配下にあり、江戸時代は下鶴間が宿場町として栄えた。第二次大戦中に海軍工廠や航空隊が設置され、それらは戦後、米軍と自衛隊の厚木基地(隣の綾瀬市にもまたがる)となった。1920年代から小田急江ノ島線が南北を、相鉄本線が東西を横断。1970年代に北部の中央林間に東急田園都市線の終点駅ができるなど、小さな市域に8つの鉄道駅がある東京・横浜のベッドタウンである。


97位 松本市 (長野県) 23万人

長野県中部、松本盆地を中心に広がり、東に筑摩山地、西に飛騨山脈といった3000m級の山々に囲まれた市。奈良時代より中心市街は「深志」と呼ばれ、この地に信濃国の国府があったと言われる。16世紀、武田氏に侵攻されていた当地を取り戻した小笠原貞慶が「本懐を待つ(松)」の意から、深志城を松本城に改名して以降「松本」と呼ばれるようになった。江戸時代は諸街道が集まる交通の要衝として発展。明治の廃藩置県後、長野西部と飛騨を加えた「筑摩県」の県庁所在地となるも、1876年に県庁が焼失したことで長野県に吸収された。古い町並みが残る文化都市で、明治に開校した旧開智学校は松本城とともに国宝に指定されている。JR中央本線を通じて東京まで特急列車が走り、市南部には空港としては日本一標高が高い松本空港がある。


98位 佐世保市 (長崎県) 23万人

長崎県北部に位置し、西で佐世保湾、南で大村湾に臨む市。針尾島や五島列島北端の島しょ部も市域に含む。東で佐賀県に接する。江戸時代は平戸藩に属し明治初期まで寒村だったが、1886年に海軍基地が設置され、1889年佐世保鎮守府が置かれると都市化が急激に進んだ。大正時代には佐世保港は東洋一の軍港とも讃えられた。戦後も旧海軍基地が在日米海軍佐世保基地や海上自衛隊佐世保基地となるなど、軍都としての性格が強く残っている。明治期に作られた旧海軍工廠の施設は戦後、民間の佐世保重工業に引き継がれた。江戸時代から採炭も盛んだったがエネルギー構造の転換もあり、1955年をピークとして1973年に市内の炭鉱はすべて閉山した。人口も同じく1955年の35万人をピークに緩やかな減少傾向が続いている。1992年、大村湾に面した一帯にオランダの町並みを再現したテーマパーク・ハウステンボスがオープンした。


99位 佐賀市 (佐賀県) 23万人

佐賀県東部、佐賀平野中央に位置し、有明海に臨む同県の県庁所在地。奈良時代は肥前国の国府が置かれ地域の中心地となり、戦国時代に龍造寺氏が台頭。江戸時代に龍造氏家臣の鍋島直茂が肥前藩主となり、佐賀城を築いた。明治維新では、維新の中心となった「薩長土肥」の一藩となり、また長崎から入ってきた西洋技術を参考に三重津海軍所や藩立の技術研究所(精錬方)が作られるなど、進取の気風を持っていた。廃藩置県で旧佐賀県の他、伊万里県や三潴県、長崎県などの施政下に入り、最終的には長崎県より分離独立した現・佐賀県に収まった。1883年に県庁所在地となり、1889年に市制移行。戦後、昭和や平成の大合併で市域を広げ、現在では福岡県に接するまで面積が拡大している。北部に脊振山地が控えるが、有明海の干拓などによって南に広がった中心市街は平坦で、水路(クリーク)が張り巡らされた農業地帯が広がる。大隈重信の出身地で、旧宅は国の史跡に指定されている。


100位 春日部市 (埼玉県) 22万人

埼玉県東部に位置し、東で千葉県野田市に接する市。戦前まで「粕壁」と表記され、現在も地名に残る。中世まで春日部市一帯は下総国葛飾郡に属し、江戸時代は日光街道の宿場町として栄えた。1899年に東武伊勢崎線、1929年に総武鉄道(現:東武野田線)が開通し交点となったことで、交通の要地として発展。1954年、周辺自治体を併合して春日部市が成立した。1960年代より住宅団地や工業団地が形成され、さらに営団地下鉄日比谷線が直通したことで人口は1960年代から80年代にかけて4倍ほど増加したが、2000年ごろをピークに人口は減少傾向が続いている。


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